国際結婚の子供なら当然…じゃない バイリンガル、悲喜こもごも【世界から】

 今からおよそ20年前、日本にいる友人・知人に結婚報告をしたときのことだ。祝福と同時に、「国際結婚あるある」的な意見や質問を多くもらったことを覚えている。中でも頻繁に聞かれたのは「子供が生まれたら、バイリンガルになるよね?」だった。時は過ぎ、わが子ら3人は既に成人したが、はたして立派なバイリンガルに育ったかといえば、答えは残念ながら「ノー」である。(オランダ在住ジャーナリスト、共同通信特約=稲葉かおる)

オランダの中学生たち。彼らの両親や祖先の国籍を聞けば、実に世界一周ができるほどだ。

 ▽「スポンジ」…?

 結婚前の私は、両親がお互いの母国語で徹底的に話しかければ、子供は100%バイリンガルになれるものだと考えていた。その手の専門書や関連書籍を読みあさった程度ではあるが、準備万端のつもりでいたのである。

 しばらくして長男が生まれたときのこと。産院で、へその緒を切る手伝いをしていた助産師さんが開口一番私にこう言った。「さあ、今日から息子さんに日本語で話しかけてあげてくださいね!」。この場に及んで、日本語でしゃべりかけろとはどういうことだ?と不思議に思って尋ねたら、「あなたが話すオランダ語にはアクセント(なまり)があるから、習得させないほうがいいわよ!」だそうである。これには確かに一理あるとすぐに悟った。日本語なまりのあるオランダ語を話したりすれば、学校でいじめの対象になりかねないだろう。ゆえに、日本語をまずしっかり教えよ、という老婆心だったのだ。

 それ以来、私は徹底して長男に日本語で話しかけた。夫も終始一貫してオランダ語のみで話しかけた。ところが、言葉が遅かった長男は、2歳近くになっても、うんともすんとも言わなかったので、二カ国語で話しかけられることがストレスになったのでは、と私も夫も不安だった。2歳半になったある日、長男がやっとしゃべったときは狂喜したが、彼の人生最初の言葉は、なんと日本語でもオランダ語でもなく、英語の「スポンジ」だったので拍子抜けした。

 ▽バイリンガル返上

 スポンジと発したその日以来、長男はよどみなくしゃべり出し、あきれかえるほどのおしゃべりになった。その上、完璧なバイリンガルである。たとえば、公園デビューをしたときのことだ。その場にいたオランダ人親子たちに対しては始終オランダ語で話しかけ、近くで見守っていた私には、「この子は●●ちゃん」とか、「●●君は、向かい側に住んでるんだって」などと新しくできたお友だちを日本語で紹介してくれた。しかし、オランダ人の友だちと接する機会が増えてくると、彼の日本語の語彙は少しずつ減っていった。たとえば、金づち、雑巾、炊飯器といった、彼が普段は頻繁に使わない道具の単語がなかなか出てこなくなったのだ。そして、小学校へ上がる頃は長文を話すことがさらに難しくなってきた。彼にとって日本語は、母親が話すだけで「内輪の言葉」にすぎない。生活するにあたり、必要不可欠なコミュニケーション・ツールではないためだろう。

 9歳くらいになると、彼はとうとうオランダ語だけを話すようになった。私も躍起になって、「私に対しては、日本語でちゃんとしゃべりなさい」と事あるごとに注意したところ、思いもよらぬセリフが日本語で返ってきた。

 「ママは、僕の話じゃなくて、どこ語でしゃべるかのほうが大事なんだよね?」…。

 これは痛烈な一言だった。その日から私はいさぎよく、日本語をすっぱりやめた。なまりのあるオランダ語に切り替えたのである。

移民にとって、オランダ語は第二外国語。保護者同士が集い、オランダ語で情報交換を行う場を設けることも。

 子供たちのクラスメートにはバイリンガル、もしくはマルチリンガルがたくさんいる。彼らはオランダ語と、別の言語を完璧に使いこなせる。以下はあくまでも、私の周囲にいる人びとを観察した独自の見解だが、両親ともに同じ母国語を使う家庭の子供は、完全にバイリンガルになれるのではないかと推測する。たとえば日本人なら、家庭内で日本語を両親が話し、一歩家の外へ出たらオランダ語だけを使うということだ。

 オランダ人の配偶者を持つ外国籍の親のサークルに何度も参加し、意見や情報交換をした経験もある。イギリス人、アメリカ人、オーストラリア人、デンマーク人、中国人、ブラジル人、タイ人、ソマリア人など、さながら万国博覧会の様子を呈していたが、話題は必ず「私の母国語を話さなくなった」「オランダ語が苦手で困る」といった問題に終始した。もちろん、完璧なバイリンガルに育っている子供を持つ親は、こういったサークルに参加する必要も不安もないわけだが、私の知る限りではお目にかかったことは皆無である。

 ▽オランダ語の習得が第一

 筆者が住むアムステルダムには、約180カ国出身の移住者が肩を寄せ合って住んでいるが、彼らの子孫の約半数はバイリンガルだという。日本ではバイリンガルが肯定的に受け止められることが多いように思うが、オランダでは問題視される頻度が高い。これはなぜか?

 バイリンガルの子供は、中学生以降(12歳以降)になると成績不振に陥りやすい傾向がある。特に、国語の成績は振るわない。オランダでは、小・中の教育課程で最も重要なのは国語の「読解力」だとされるが、さもありなんである。数学も物理も生物も体育も、授業は国語、つまり「オランダ語」で進行するからだ。こうしたことから、オランダ語一本やりで育ってきた子供はオランダ語の語彙の量で、バイリンガルの子に勝ることがあると思われる。

放課後、小学校の教室が開放され保護者のためのオランダ語教室が始まる。「子供たちに負けないよう、頑張らなきゃ!」と張り切る親たち。先生は我が子の担任ということもある。

 アムステルダムやロッテルダム、デン・ハーグなど移住者が他都市と比較して多い大都市では、この問題を解決すべく、教育委員会が定期的に集会を開催し、語学研究者を交え、教師陣や保護者と意見交換を行っている。問題の焦点は、移住者が持つ異文化のアイデンティティーを失わせることなく、バイリンガルの子供たちにいかにして完璧なオランダ語を習得させるかにある。各教育機関は、適切な指導をどのようにして提供するかを試行錯誤しつつ、探し求めているのが現状だ。(参考サイトMultilingual Amsterdam #1 : Onderwijsongelijkheid in meertalig Amsterdam (SOLD OUT) - Pakhuis de Zwijger)(多言語都市・アムステルダム#1: 多言語のるつぼ・アムステルダムにおける教育的不平等  - パックフゥス・ド・ツワイガー)

 ▽いざとなれば…?

 久しぶりの里帰りに合わせ、子供たちは数年前、初めて日本を訪れた。日本は彼らにとって母親が生まれ育った国ではあるが、ただの旅行先だ。一応、渋谷や秋葉原には行ってみたいというので、日本語もろくろく話せないのにと内心不安だったが、既に成人なのだしと思い送り出した。すっかり日が暮れたころ、定番の東京土産を手に帰宅した彼らは、ファミレスで食事をし、ゲームセンターで遊んでおまけに市民プールで泳いできたという。それにしても、どうやってコミュニケーションを図ったのだろう?長女に聞いてみると、意外な言葉が返ってきた。

 「私がわからない部分は、お兄ちゃんが通訳してくれたから大丈夫だったよ」

 日本語を使わなくなってから約十年になるだろうに、いざというときにしゃべれている?大したものだと恐れ入った次第である 。

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