新型コロナ陽性者は選挙で投票できるの?選挙管理アドバイザーに聞いてみた

こんにちは。自称日本一意識低いライターのひがし(@misuzu_higashi)です。
新型コロナウイルス感染症の流行が収束の気配を見せる気配もなく、不安が大きい日々が続いています。全国で緊急事態宣言が解除されたとは言え、ワクチンの接種がいつできるのか?変異株の流行は?と、悩みは尽きません……。
実は、選挙業界も大いに悩んでいる問題なのです。

新型コロナウイルス陽性者が選挙で投票する方法はあるのか

「選挙は不要不急の外出ではない」とするのが政府の見解ですが、ホテル等の宿泊施設療養中、自宅療養中の新型コロナウイルス陽性者は選挙で投票することができるのでしょうか?
実はこれらの療養中の陽性者にフォーカスした投票方法について、公職選挙法(選挙に関する法律)には明確な決まりがありません。実際の対応は市区町村の選挙管理委員会(以下、選管)に任されていますが、「投票する権利」と新型コロナウイルスの感染対策とを両立する対応は非常に難しく、投票ができていない状態が続いているようです。

選挙管理アドバイザーに意見を聞いてみた

「選管」はその名のとおり選挙に関する事務や投・開票、選挙人名簿の調製等、”選挙の管理”を行っている機関です。
もちろん、選管は公職選挙法に則って仕事をしなければなりません。ところが公職選挙法には期日前投票や不在者投票の制度がありますが、具体的にどのようにすべきかという対応策はありません。選管は一体どうしたら良いのでしょうか?

選挙の管理執行の実務の現場で44年間選管に関わる仕事に携わり、「選管の神様」と呼ばれ現在も活躍されている選挙管理アドバイザー・小島勇人氏にご意見を伺いました。

コロナvs選挙問題は2020年からずっと「これだ」という解決方法が見つかっていない

―選挙ドットコム ライター ひがし(以下、ひがし)
新型コロナウイルス陽性者の療養期間に選挙の期間が重なってしまった場合、投票はできるのか?という疑問や、陽性者の投票権についての議論がインターネットや新聞紙上でも目立ってきています。現在、選管の皆様はどのような対応をされていらっしゃるのでしょうか。

―選挙管理アドバイザー 小島氏(以下、小島氏)
「抜本的な対策はできていない」というのが現状であると思います。新型コロナウイルス陽性療養者の基本的人権である投票権を守りたい、けれども有権者や選挙事務に従事する人たちの感染対策をしっかりと行わなければならない、どこまでそれをやればいいのかという問題で選管は板挟みで悩んでいます。
感染流行後の2020年の東京都知事選挙をはじめその後の各地方での選挙でも陽性者の投票は選管の課題でした。また、4月25日が投・開票日の衆院北海道2区補選、参院長野県選挙区補選及び参院広島県選挙区再選挙、そして各地の地方選挙、10月までには執行される衆議院総選挙でのまったなしの課題です。しかし「これならこの問題を解決できる」という方法は、これだという対応方策は未だに確立されているとはいえません。
最近ですと3月21日に千葉県知事選挙等が実施されましたが、千葉県の自治体でもこの問題に根本的な対策をする余裕がなかったのが実情ではないでしょうか。

「不在者投票」「代理投票」という制度はあるが、感染対策との両立はできるのか

―ひがし
「それでも一票を投じたい」という新型コロナウイルス陽性者の方はどうすれば良いのでしょうか?

―小島氏
不在者投票のできる指定病院に入院されている方であれば、その病院で「不在者投票」という方法を取ることが制度上は可能です。症状が重い方、陰圧室にいらっしゃる方は公職選挙法の規定により「代理投票」をすることも可能かもしれません。ただ、病院での不在者投票を取りまとめるのは院長さんであり、不在者投票の管理者となります。投票の立会人や事務処理を行うのは看護師さんや病院の事務局の皆さんなわけです。そうした方々には本来の多くの通常業務があり、加えて新型コロナウイルス感染症で入院している方の場合は、接触した投票用紙などによる二次感染の対策も万全に行わなければなりません。マンパワー不足等の問題もあり、現在の大きな課題となっています。

―ひがし
新型コロナウイルス陽性療養者の中には、病院に入院している方、ホテル等の宿泊療養施設で療養している方、自宅で療養している方がいらっしゃいますが、病院に入院している方が投票できる可能性は一番高いのでしょうか。

―小島氏
そうかもしれません。ホテル等の宿泊療養施設の場合、その市区町村の選管委員長を不在者投票管理者とする不在者投票記載場所を設けたり、期日前投票所を設置したりする場合でなければ「投票」する方法はないんですよ。不在者投票が実施できるのは、都道府県選管により指定された「病院」「老人ホーム」等の施設でなければならないと公職選挙法に明記されているんですよね。医師や看護師が常駐している療養ホテルでもそこが「指定病院」にはなりませんし、「指定老人ホーム」等でなければ入院、入所していても不在者投票の対象になりません。
「ホテル等の宿泊療養施設や自宅療養者の自宅を移動型期日前投票所が回る」ことはできないのかという意見もありますが、自分が選挙人名簿に登録されていない自治体のホテルで療養されている場合はどうするのかという問題や、ご自宅を回る場合にはプライバシーの問題もさることながら、そもそも公職選挙法の改正が必要かどうかの問題があります。
そして何より、どこで療養されていても最大の課題になるのが陽性者と接することによる新型コロナウイルスの二次感染対策です。防護をどのように行うのか、ウイルスが付着しているかもしれない投票用紙や投票箱をどのように扱うのか、これは選管だけの力では解決できる範囲を超えています。保健所や医療機関の協力は不可欠といえるでしょう。すなわち、選挙事務は選管だけの問題ではなく、法定受託事務、自治事務ですので、その自治体の自体の事務として、統括代表者である首長のリーダーシップによるところが大きいでしょう。

法律を変えないと同様のケースに対応するのは難しい。考え直す機会だと捉えてほしい

―ひがし
投票所の感染対策や期日前投票の呼びかけ等は進んできていると感じますが、陽性者に関してのケアは選挙のプロであっても医療のプロではない選管だけでは対応が難しいですよね。

―小島氏
はい。本当に難しい問題なんです。投票所などの感染対策を確実にしなければなりません。選管の方には私が代表を務める選挙制度実務研究会で「選挙の管理執行における投票・開票事務を中心とする新型コロナウイルス感染症対策のポイント」について、これまでも何回か2時間半程度の講習をしてきました。
例えば、商業施設では検温を行って37.5℃以上でしたら入店をお断りする場合等がありますよね。では、投票所で「感染対策のために」と有権者に検温を行って、37.5℃以上の方がいらっしゃったら投票はあきらめて「帰ってください」と言えるでしょうか。

―ひがし
……言えません。

―小島氏
投票の場面での検温は、なかなか現実的対応に関して難しい問題を惹起する懸念があります。そして37.5℃以上でもその方が投票を行ったとして、何も起きない可能性もあれば投票所がクラスター化する可能性まであるわけです。投票所における感染症対策はかなり厳格に実施していますが、冒頭でも述べたとおり、選管は投票すなわち選挙権の行使という基本的人権と感染対策の間で板挟みなんです。

―ひがし
今後新型コロナウイルスが収束しても同様の伝染病の流行が起こるケースもあります。日本は今後どのような対策を行うべきでしょうか。

―小島氏
新型コロナウイルスの流行は言わば「法の穴を突かれた」状態です。抜本的な対応策はなかなか見出すことはできませんが、公職選挙法などの法律の規定の見直しをして改正をしないと、今後もあるかもしれない同様のケースの問題解決のための対策を講じるのは難しいかもしれません。今回の新型コロナウイルス流行を今後もあるかもしれない同様な伝染病流行の際の有効な対応策を考える大きなきっかけや教訓だと捉えることが必要だと思います。

まとめ:選管だけで対応するのは無理!と断言される特殊なケース。次回に備えて法律を整備してほしい!

「選管の神様」ですら「選管だけで対応するのは難しい」とお手上げな新型コロナウイルス。44年のキャリアを積んだ小島氏でも初めてのケースということで、電話越しに悩んでいる様子が伝わってきました。
公職選挙法に限らずあらゆる方向から対応策を考えて法律の見直しを行い、次回同様のケースが起こった場合や新型コロナウイルスの流行が長引いた場合に対応できるようにしてほしいですね。

【参考】新型コロナウイルス対策で選挙の延期はできる?できない?相次ぐイベントの延期で…専門家&選管に聞きました https://go2senkyo.com/articles/2020/02/25/49392.html
【参考】公職選挙法48条の2、49条
【参考】公職選挙法施行令55条等

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