ジョンソン英首相は中国を許さない|岡部伸 脱中国に舵を切り、関係諸国と「中国包囲網」を形成する英国のジョンソン首相。自由貿易協定、ウイグル人権制裁、北京五輪ボイコット――日本は英国と手を携えて自由主義国の気概を示せ。今こそ「新・日英同盟」を!

中国は「経済安保の最大の国家的脅威」

コロナ禍でも軍事力増強を続ける中国の太平洋での「独断的」で強硬な対外姿勢は、英国にとって大きなリスク。「経済安保の最大の国家的脅威」で、「体制上の競争相手」――。

英政府は、今後10年間の外交・安全保障政策の指針としてインド太平洋地域への関与を一層強化する「統合レビュー」を発表し、欧州でのロシアの脅威に加え、覇権志向を強める中国に対する警戒を示した。

レビューの発表にあたり、ジョンソン英首相は、「我々のような自由で開かれた社会が中国から強大な挑戦を受けるのは疑いようもない」と民主主義を守る決意を表明した。これは中国が香港の「高度な自治」を定めた一国二制度の英国との国際的な約束を破り、「法の支配」や人権を踏みにじる国家安全法施行などを次々と繰り出しているためだ。

「コロナ禍で、いまや我々は中国を敵対的国家として扱わねばならない」デイリー・テレグラフ紙は、「新型コロナウイルスを奇貨として中国を敵対的国家とみなせ」と訴えた。

英国は、キャメロン政権時代の2017年、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に主要国で最初に参加するなど英中黄金時代といわれた中国傾斜から「脱中国」に舵を切り、確固とした対中戦略を確立したのである。ルールに基づくインド太平洋の秩序維持を目指す日本にとって、歓迎すべき英国の冷戦後最大の外交・安保政策の転換だ。

レビューでは、インド太平洋地域が「世界政治・経済において、ますます重要となり、激化する地政学上の競争の中心になりつつある」とし、海洋国家で構成される同地域の海洋交通路はどの国にも開放されなくてはならず、中国が目指す覇権確立を許さない。国際秩序を乱している中国を警戒するのは当然だろう。

欧州連合(EU)を離脱した英国が、「グローバル・ブリテン(世界の英国)」として海洋国家に戻り、欧州のみならず世界に積極関与する構想を掲げ、1968年以来続けた「スエズ以東からの撤退」方針を転換したのは、将来、世界のGDP(国内総生産)の60%、人口の65%が集中し、成長著しく世界経済の中心になることが確実視されるインド太平洋地域の安定維持は、英国はじめ欧米諸国にも死活的に重要であるためだ。仏独など欧州諸国が英国に追随してインド太平洋に関心を広げる理由もここにある。

英国のみならず仏独も海軍艦船を太平洋に派遣する計画を進めており、ブリンケン米国務長官がNATO外相会議で発言した通り、自由主義国の協調による中国封じ込め作戦が展開されているのだ。

新・日英同盟の締結

そこでレビューでは日本、オーストラリアなど価値観を共有する国々と連携して対処する姿勢を強調した。価値観を共有する国の中で英国が最も重視する国が日本だ。2017年、来日したメイ前首相は、「日英は自然なパートナーで、自然な同盟国」と述べ、以来、英国政府は外交文書などで、日本を「allies(同盟国)」と呼び、日本との新たな同盟の構築を模索する。ここではかつての侵略に共同で武力行使する軍事同盟ではなく、宇宙やサイバーを含めた安全保障のあらゆる分野で協力し合う関係だ。

日英両国は、自由や民主主義、法の支配といった基本的価値観や、米国を抜いて世界一の海洋強国となった中国を封じ込めるため、日本主導の「自由で開かれたインド太平洋」を推進する戦略目標を共有している。

ラーブ外相は、2月の日英外務・防衛閣僚協議(2プラス2)で、日本を「安全保障の重要なパートナーで永遠の友」と評し、レビューでも「アジアで最も緊密な戦略的パートナー」と位置付けた。条約上の同盟を結んではいないが、英国のラブコールに応じて、かつての日英同盟の下での緊密な関係を復活させて新たな同盟を目指すべきだろう。

英国はインド太平洋への関与の手始めとして、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)への参加を表明した。TPP参加11カ国のうち、カナダ、オーストラリアなど6カ国が英連邦加盟国だ。英国が参加することはTPPが英国を中心とした世界的な枠組みに発展することを意味する。日本は英国と手を取って自由貿易を推進すべきだ。

中国は核弾頭を倍増させる

またインド太平洋における航行の自由確保を目指し、英海軍の存在感を高める一環として空母「クイーンエリザベス」を中心とする空母群を太平洋に派遣し、尖閣諸島や台湾海峡を含む西太平洋で日米英の共同訓練を行う。

さらに「自由で開かれたインド太平洋」を目標とする日米豪印の枠組み「クアッド」参加を検討する。対中包囲網構築に、日本は英国と連携して「クアッド」の補強に尽力するべきだろう。

ただレビューでは、中国とは「前向きに経済関係は追求する」とも記しており、英国の対中警戒策には一定の限界もあるが、インド太平洋への関与強化は、海警局に武器使用を認める海警法を施行し、尖閣周辺での行動を活発化させる中国への抑止力となるだろう。

またレビューは英国の核弾頭保有数の上限を180発から260発に引き上げる方針を示した。これに対し「軍縮に逆行する」との批判がかまびすしいが、安全保障上のやむを得ない措置だ。

中国は米国が再三求めても核軍縮交渉に応じず、核・ミサイル戦力を増強し、日米と英国を含む欧州にとって共通の脅威となっている。米国防総省は昨年9月、中国が今後10年で核弾頭数を「少なくとも倍増すると推定」した。ちなみに、ロシアのプーチン大統領はクリミア併合時に核兵器使用の準備をしていたことを公言している。

日本との安全保障上の連携を求める英国の核保有増は、中露の核戦力増強が核バランスを歪めて日米欧を守る核抑止力を弱体化させることを防ぐことになる。いわば現実的な方策である。

ウイグル人権制裁で「踏み絵」迫られる菅首相

レビューで、新疆ウイグル自治区などでの人権問題では、「我々の価値観のために立ち向かうことをためらわない」と中国と対決姿勢をあらわにした。イギリスはじめ欧州は、中国が民主主義や人権といった価値観を共有していないと警戒する。とりわけ、懸念するのはウイグルの人権問題だ。欧州では、ナチスによるユダヤ人大量虐殺の反省から、特定の民族に対する弾圧に対して敏感である。

3月22日、ウイグルへの人権をめぐり米英カナダと欧州連合(EU)が足並みを揃えて中国当局者らへの制裁を発動した。英国とEUの対中制裁は、前身の欧州共同体(EC)が1989年の天安門事件を受けて発動して以来、約30年ぶり。これは2016年、米国は、人権侵害を理由に外国当局者に制裁を科すことができる法律を制定し、17年にカナダ、18年には英国が続き、2020年にEUが同様の法律を定めたことに起因する。今回の共同制裁発動は、この法律を根拠としている。G7で、この法律がないのは日本のみで、日本はG7で唯一制裁を見送った。

日本政府は、「中国と地理的に近く、経済面でも密接な関係にあることに加え、人権問題を理由に制裁を科す根拠となる法律が存在しない」して慎重姿勢を崩さないが、中谷元・元防衛相らを中心に与野党から日本でも制裁を可能にする法整備を急ぎ、人権問題により積極的に取り組むよう求める声が高まっている。日米首脳会談や6月の英国コンウオールでの主要7カ国(G7)首脳会議を控え、菅義偉首相は対応を迫られている。

普遍的価値を重視するバイデン米政権はウイグル人への迫害を「ジェノサイド(集団虐殺)」と認定し、人権侵害に制裁を主導するだけに、4月16日に行われる日米首脳会談では、日本の確固たる姿勢を要求する可能性もある。懸念だけでなく具体的な行動が問われる。

1989年に起きた中国の天安門事件で、日本は、自由、民主主義という普遍的価値を西側諸国と共有しながら、G7で共同制裁を拒否するなど中国に融和的対応をとり続け、結果的に中国の民主主義が深まらず、覇権志向の膨張を招いただけに自由主義国としての相応の対応が求められそうだ。

米英豪で進む北京五輪ボイコット

また英国ではオーストラリアなどとともに2022年北京冬季五輪にボイコットする動きが水面下で進んでいる。ウイグルでの中国共産党による民族浄化とされる激しい人権侵害を見過ごすことができないためだ。

昨年6月に日米欧の16カ国の議員らが結成した世界的な反中議員連盟、「対中政策に関する列国議会連盟」の初代議長に就任した保守党の元党首、イアン・ダンカン・スミス議員が同8月、英国政府が国際オリンピック委員会(IOC)に中国から22年五輪開催権を「はく奪」するか、「公式代表者の参加禁止」を要請すべきだと提案した。

さらに世界60カ国以上の300以上の人権団体が、中国の人権侵害問題に対して緊急の対応をとるよう国連に呼び掛け、このうち160以上の人権団体が昨年9月、IOCに、人権侵害を理由に北京冬季五輪開催再考を求める書簡を提出した。

これを受けてラーブ英外相が、中国による新疆ウイグル人への迫害の証拠が増えた場合、北京冬季五輪に不参加の可能性を示唆したのは昨年10月6日の英議会外交委員会だった。「証拠を集め、国際社会におけるパートナーと連携し、どのような措置を講じるべきかを検討する」(ラーブ外相)と宣言した。

このラーブ外相の呼びかけに応じたのが、対中関係が「過去最悪」のオーストラリアの国会議員だった。超党派で「1936年のヒトラーのナチス政権下で開催されたベルリン五輪と類似性」があるとして北京冬季五輪のボイコットを呼びかけた。上院のレックス・パトリック議員とジャッキー・ランビー議員の要請により、同11月下旬、豪連邦議会は北京冬季五輪不参加について審議した。トリック議員は、中国共産党による深刻な人権侵害がある中で、「オーストラリア選手の五輪参加は無謀で危険。道徳的に誤り」と主張、エリック・アベッツ上院議員は、IOCが「野蛮で権威主義的、全体主義的な政権」に開催を許可すれば、IOCの立場は損なわれると警告している。

現在の中国はナチスよりも危険

自由諸国をけん引する米国でも反中の「列国議会連盟」に加入している共和党のマルコ・ルビオ上院議員とロバート・メネンデス上院議員がボイコットを呼びかけ、昨年3月、共和党のリック・スコット上院議員が主導して12人の超党派議員がIOCに22年冬季五輪開催地を再検討するよう要請した。

そしてバイデン政権に変わった21年2月、ニッキー・ヘイリー元国連大使がFOXニュースに、北京冬季五輪を1936年のベルリン五輪になぞらえ、「ヒトラーは五輪をナチスのプロパガンダに最大限に利用、第二次大戦とホロコーストを引き起こした。現在の中国はナチスよりも危険であるのは明らかだ」と寄稿した。その根拠として、香港の民主化運動の弾圧、コロナにおけるパンデミック(世界的大流行)の「組織的で徹底した隠蔽」、そしてウイグル人への「ジェノサイド(集団虐殺)」を挙げた。

米オンライン誌『The Diplomat』によると、冬季五輪でメダルを獲得できる国は西側先進国が多く、不参加を決めれば、結束しやすいという。そして2019年7月にウイグル人の拘束を問題視して国連人権理事会に送付した共同書簡に署名した日本と英国をはじめとする22カ国に署名しなかった米国を加えた23カ国がボイコットの潜在的連合になると指摘している。

1980年のモスクワ五輪は旧ソ連によるアフガニスタン侵攻に抗議して米国主導で西側がボイコットした。バイデン政権は最終的な決断を下していない。しかし、米国務省のプライス報道官は4月6日の記者会見で、北京冬季五輪に米国が同盟諸国とともに共同ボイコットに踏み切る可能性に関し、「議論したい事項だ」とし、ボイコットも選択肢として排除しない立場を示し、「連携した取り組みは米国だけでなく同盟・パートナー諸国の利益にもなる」と述べ、同盟・パートナー諸国と対応を協議していく考えを明らかにした。

その一方で、「今はまだ2021年4月で、北京五輪は当分先だ」と指摘し、いつまでに参加の是非を決定するかは定めていないと強調した。

国際刑事裁判所が中国を捜査か

米国や同盟諸国が42年ぶりに北京五輪をボイコットに踏み切れば、国際刑事裁判所が中国当局によるウイグルでの人権侵害に捜査を開始することを促す説得材料になるとの見方もある。ボイコットに関する論議が本格化すれば、中国が五輪の有力スポンサーである米企業などに対してボイコットに反対するよう圧力をかけてくることが確実で、バイデン政権による米経済界に対する協力要請や根回しが活発化する可能性がある。

同盟国の日本は北京五輪ボイコット問題でも足並みを揃えることが求められ、東京五輪開催を控え、厳しい対応を迫られそうだ。

岡部伸

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