消すまい、伝統産業の灯 全国有数の産地・秦野で食用八重桜の収穫ピーク

脚立で8メートルほどの高さまで登り、八重桜の摘み取りを行う小野孝允さん=秦野市千村

 神奈川県秦野市西部の千村(ちむら)地区で食用八重桜の収穫がピークを迎えている。全国有数の15~20トンの年間出荷量を誇り、活用の幅も広がる。

 一方で、近年は担い手の高齢化や減少に加え、コロナ禍による需要の低迷にも直面。江戸時代から続く伝統産業の灯を消すまいと、栽培農家は苦境にあっても前を向く。

 春の陽気に恵まれた7日、千村の農家では八重桜の摘み取り作業に余念がなかった。この道50年の小野孝允(たかよし)さん(75)もその一人。親族ら8人が総出で、八重桜の枝に脚立を掛け、最高で約8メートルまで登って、手作業で花を摘み取っていく。

 「収穫は花が散るまでの2週間」と小野さん。温暖な気候の影響で、今年は例年より1週間ほど、摘み取りが早いという。天候に恵まれたこの機を逃すまいと、手際よく作業を進める。

 千村地区の八重桜は古くから自生していたとされ、地域の祭りの出費を賄うために、江戸時代末期ごろから花やつぼみを収穫し始めたのが起源という。現在は2500本ほどあり、約130軒の農家が栽培に従事している。

 収穫した八重桜の花やつぼみは、小田原市内の業者に出荷され、塩と梅酢に漬け込んだ「桜漬け」に加工される。桜湯やジャム、あんパンに活用されるのが代表的だが、近年は香水や粉末状の茶などにも利用されている。

 小野さんは「あんパンの中央に添えた塩漬けは、あんの甘みの引き立て役として重宝されるし、桜の甘い香りを漂わせる香水も評判がいい」と笑顔を見せる。

 花は毎年4月に摘むが、近年は担い手の高齢化が進む。加えて、農家自体が減少傾向で、特に若者の担い手が少ないことが悩みの種だ。

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