『NHK出版 学びのきほん くらしのための料理学』土井善晴が新たに提唱する「料理学」とは?!

NHK「きょうの料理」でもおなじみの土井善晴が、 「料理学」に対する思いを改めて語る。 合わせて『NHK出版 学びのきほん くらしのための料理学』刊行記念オンラインイベントも5月7日(金)に開催。料理研究家・土井善晴の『NHK出版 学びのきほん くらしのための料理学』(3月25日発売)が発売後10日で増刷決定、 一部書店でランキング入りも果たしている。

本書は土井が40年間考え続けてきた集大成かつ入門の書。 料理をとおして誰もが力を抜いて生きていくために、 私たちが知っておくべきことを探った1冊。

土井は本書で、 いま料理のことを考える意味について次のように述べている。

今、 料理を考えることは、 自然と人間を考えることだと思っています。 本書では、 料理を通じて、 持続可能な家族のしあわせ、 この地球で心地よく生きていくための道筋をみなさんとともに考えていきたいと思います。 (「はじめに」より)

本書では、 一貫して「料理をとおして考える持続可能なしあわせ」について「料理学」という新たな地平に立って考察を進めている。 「一汁一菜」の提案で知られる土井が次に新たに提唱する「料理学」。 この「料理学」に対する思いを、 本人にうかがった。

土井善晴 インタビュー

――土井さんの考える「料理学」とは、 いったいどんなものなのでしょうか。

土井:

「料理学」というものを明文化したいなというのは、 私自身、 本当に長年の思いでした。 料理学という書名がついて、 これが学問となるかどうかは、 これからの大勢の人の認識によると思うのですが。

「料理学」とは何か。 それはなにも特別なものではなく、 本来 誰もが家庭料理の中で身につけていたものだと思います。 家庭の中で食文化として、 あるいは家庭の習慣やしきたりとして代々受け継がれてきたものです。 お天道様の創る秩序の中にそういうものがあると思うのです。

また、 私たちは家庭料理のなかにある食育を通して、 子供たちの想像力や創造性を育む元になる「経験」をしていました。 「経験」というのは、 家族の中で誰かが料理をすることで、 家族の人間関係という小さな社会の中で相手に対する思いやりなどを育む経験ですね。 それは、 何も説明のいらないことだったんです。

でも現代では、 外食が発展し、 食がグローバル化して、 ライフスタイルが代わり、 あらゆる料理が商品化され、 「料理を作る」という食文化が危うくなってきました。 それで「料理ってなに?」ということが安易に考えられ、 なんだか、 わからなくなってしまったんです。 家庭料理は人間が生きていく土台を作る機会でした。 なのに、 時空を超えた交流の機会が失われたということです。 私はこのことに関して、 非常に危機感を感じていました。

例えば若い人たちにとっては、 自然と人間、 人間と人間、 あるいは人間と物が出会う交流が家庭料理で、 そうした関係がだんだん薄らいできました。 家庭料理は子供達にとって一番大事です。 だから、 「料理学」が必要であるということは、 早くから思っていましたし、 『くらしのための料理学』を書いたことによって、 ようやくスタートラインに立つことができたと思っています。

これは、 「料理学」をさらに広めたり、 あるいは発展させたりするための、 あくまでも「出発点」です。 これまでも「一汁一菜」は和食、 あるいは家庭料理の初期化だという言い方をしてきましたが、 それは完了しました。 くらしをリセットして、 これからどうするんだという未来に向かってみんなが気持ちを上げていくためにはしっかりした土台作りが必要でしょう。 そのために「料理学」というものをきちっと作り上げておきたかったんです。 それがこの『くらしのための料理学』です。

――本書を読んだ方の感想では、 料理のことを「そもそも」から論じているという点が読んでいて新鮮だった、 というものが多いようです。

土井:

想像以上に読み込んでくださっている方もいて、 ちょっとびっくりしています。 私としては当たり前のことを書いた気がしていたものですから。

毎日の料理が、 人間の人生、 現代社会、 大きな自然と細やかで大事なつながりがあるなんて、 想像だにしていなかったという感じです。 新聞にはそんなこと書いてませんし、 日々の情報にものってこない。 でも、 もともとみんなが「知っていたもの」だから気がついてくれたんだと思います。 潜在的に知っていたものを少し整理してみると、 みんな自分自身で、 自分の心根とつなげることができる。 だから、 本書を、 自分と家族の「土台」を作るための第一歩としてくれればいいなと思っています。

――「料理」は人にとって一番身近なものだと思います。 にもかかわらず、 料理の「そもそも」がこれまで語られていなかったのはなぜでしょうか。

土井:

みんなが料理を舐めていたからでしょう。 簡単に考えていた。 いや、 考えもしなかったんです。

すべての料理は家庭料理から始まるんです。 あらゆる料理の原点です。 だから、 料理は人間の創造の起源です。 だから、 家庭料理には、 創造の自由があるんです。 それは世界共通なことです。 でも、 西洋では、 哲学や科学、 芸術、 そしてあらゆる情報が料理の上に乗っかっているから、 料理が見えなくなってしまっていたんです。 日本も西洋化して、 そこが見えなくなっていた。 だから多くの人が料理の「そもそも」を見失って、 忘れてしまって、 誰も気がつかなかったのではないかと思うんです。

私は、 たまたまブレずに日本の家庭料理をやっていましたから、 その原点を見失うことがなかったんです。 このコロナ禍という状況にあって、 多くの人がまさにそこを思い出す良い機会になったのではないかと思いますね。 それが図らずも、 アフターコロナの生き方のヒントにつながるものにもなったのだと思います。

それはどういうものか。 ひとつは、 和食を通して自然と共存共鳴するような生き方ですね。 私はこれが物事を構想し、 構築するための一番の原点だと思っています。 日本人は昔から和食を通して自然とともに暮らしてきたのです。 それがいまも日本人の心根とつながっている。 それはとても稀有なことで、 不思議に思います。 和食は何も変わっていないんです。 だから、 家庭料理にある原点の実践という視点が大切になってくる。

――人が「自分がしあわせになりたい」「どう生きたらいいから分からない」と感じたとき、 これまでは「哲学」や「宗教」という分野が役割を担っていたと思うのですが、 今回そこに「料理」という道がひとつできたような気もします。

土井:

「料理」は分かりやすい道ですからね。 そして誰も料理から逃れられない。 特に日本の場合は、 芸術から日々の教えまで、 すべてが暮らしの中から生まれてきたので。 そういう意味で、 みんなが日本人を思い出すきっかけになるのではないでしょうか。 あえて本書で述べたようなことをわざわざ言わなくても済むのが日本人だったと思うんです。 私たちは知らぬうちに自分たちの原点から離れてしまっていたんでしょうね。 人間の自立は原点です。 料理は人間を自立させます。 その原点を思い出すためにも本書を読んでいただければ、 と思っています。

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