愛知県知事リコール不正はなぜ明るみになったか、経緯をおさらいしよう(オフィス・シュンキ)

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大村秀章愛知県知事のリコール(解職請求)のために、令和2年8月25日から12月にかけて行われた署名活動。愛知県の選挙管理委員会に提出された署名の8割以上が無効とされました。しかし、この無効署名の大多数が複数の同一人物の筆跡である可能性が高いとされ、2月半ばには愛知県選挙管理委員会が地方自治法違反(署名偽造)の疑いで、容疑者不詳のまま刑事告発をおこなうなど刑事事件に発展しています。その流れをおさらいするとともに、発覚に至った経緯、また現行の法律上、義務のなかった調査に踏み切った愛知県選挙管理委員会の動きなどを追ってみたいと思います。

今回の解職請求は、2019年夏に行われた「あいちトリエンナーレ2019」の中での企画展「表現の不自由展・その後」の開催が発端となっています。同企画展の内容、および公金支出に関して、大阪市の松井一郎市長や名古屋市の河村たかし市長らが異論や批判を唱え、それに「高須クリニック」院長の高須克弥氏、政治評論家の竹田恒泰氏ら著名人が呼応しました。

リコール運動を実施した政治団体「お辞め下さい大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会」(のちの記述は「リコールの会」)が高須氏主導で結成され、前出の竹田氏や作家の百田尚樹氏が同席し2020年6月に記者会見が開かれるなど、本格化。同年7月末には、リコール活動に必要な請求代表者37名の証明書交付のための申請が愛知県管理委員会に出され、同8月25日に証明書が交付され、解職要求の署名活動が開始されました。
 
署名運動は10月25日が終了の2か月間が実施期間でしたが、その期間に選挙が行われる地域では、ずれが生じました。具体的にいうと、愛知県下の37市、16区、16町村の計69市区町村のうち、知立市、豊山町、稲沢市、豊橋市、岡崎市の5市町は岡崎市の12月19日を最終期限に、他の愛知県下の地域と違って、10月25日を過ぎてもリコール活動可能となっていたのです。10月25日で終了の地域の、署名簿提出締切日は11月5日でした。11月4日に「リコールの会」は、各地域の選挙管理委員会に署名簿を提出しますが、署名簿にナンバリングがなかったことから、一度、返還されナンバリングの作業を行うことになりました。

ここで、作業にあたっていたボランティアの方のひとりが、同一筆跡などに気付き、37人の請求代表者のひとりである伊藤幸男氏に報告します。これが発端となるなどして、11月7日に代表の高須氏はリコール活動の終了を発表しますが、37人の請求代表者は法的に同じ立場。会の高須代表が終了を宣言しても、残りの36人のメンバーは、活動を継続できます。今回は、岡崎市の最終期限である12月19日までリコール活動は可能でしたから、その間に、伊藤氏ら一部請求代表人は、仮提出されていた署名簿の閲覧を行い、12月4日に「不正告発」の記者会見を行うに至りました。 

リコール運動の期限終了後、リコール請求の署名が法定有効数に達していれば、署名に対する「審査」が行われ、有効と認められれば、請求から60日以内に住民投票が行われる仕組みになっています。しかし、署名が法定有効数に達していなければ、署名に対する「審査」は行われず、請求人のほうに内容の確認なしに返還されるのが通常となっています。

今回、提出された署名は約43万5000人分で、約86万人分必要な法定有効数に達していないのは明らかでした。にもかかわらず、なぜ、請求人側に返還されず、選挙管理委員会を巻き込んだ刑事事件となったのか、をみていきます。ポイントは何点かあって①「リコール団体」側の独自調査を行った内部告発者といえる人物らの存在②署名名簿の中に地方議員など、存在を無視できない者の名前があったこと③愛知県選挙管理委員会の「調査しよう」という自主判断、などが挙がってきました。これらが、ほぼ順を追って浮かび上がっていった、というのが構図だと思われます。
 
愛知県選挙管理委員会に問い合わせてみると「開示請求や記者会見が行われてなければ、今回のことは公にならずに終わったと思います」といわれました。愛知県内の政令指定都市である名古屋市の選挙管理員会の方も「制度上、必要数に達しない限り、署名の中身を確認する、というものはないです」と断言されました。これは、大元締めになる総務省に問い合わせても同じでした。つまり、よく国会などで問題になる「資料は保管してません」というのが、今回の解職請求のための署名で、起こっていても法律上は、なんの問題もなかった、ということです。

しかし愛知県選挙管理委員会は独自に動き、昨年の12月半ば過ぎに、県内の選挙管理委員会に「署名の用紙を請求人側に返還しないようにしてください」と通達し、その上で「調査してください」という指示を出しています。その指示に県下各自治体の選挙管理委員会で異議を唱えたところはなく、今年1月いっぱいをかける形で、「疑わしいものがあるかどうか」(名古屋選挙管理委員会)を徹底して調べた、といいます。その結果が、2月15日で行われた、愛知県選挙管理委員会での臨時選挙管理委員会での決定につながり、刑事告発となったのです。

誰が不正署名の作成を依頼したか、などは、今後、刑事事件の捜査が進展していくにつれて明らかになると思います。しかし、「リコールの会」内部に、おかしいと思う人物が現れ、その行動に、愛知県選挙管理委員会の担当者らが呼応し、法とは別に独自に調査をしていなければ、不正が闇から闇になっていた可能性は高かったのです。今回の不正発覚。ひとりひとりの、不正を認めない、という意識がやはり選挙・政治、そして民意として大切だ、と私の目に映ったのは確かです。
(オフィス・シュンキ)

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