10年で7倍、大幅増の「特定妊婦」とは 予期せぬ妊娠、生活苦…相談阻む〝自己責任〟

 「助けを求めてはいけないと思っていた」。福岡県に住む30代の小林結衣さん(仮名)は2019年末、予期せぬ妊娠が判明した後、一度も病院を受診しないまま出産を迎えた。「妊娠は自分の責任で、人に頼れない」と思い込んでいたから。未婚の上、仕事もなく、生活苦だった。破水した時、もし救急車を呼ばなかったら自分も赤ちゃんも無事ではなかった。

 貧困や望まぬ妊娠といった困難を抱える小林さんのような妊婦は、国の調査で7200人以上いる。専門家の間では、この数字すら「氷山の一角」と指摘されている。福岡市など一部の自治体では、こうした妊婦が安心して生活できるような支援を始めた。小林さんも出産後にサポートを受けた一人。今も一人で悩む妊婦へ「あなただけじゃない。一人で抱え込まずに相談してほしい」と呼び掛けている。(共同通信=松本智恵)

娘をあやす小林結衣さん(仮名)=1月、福岡市の産前・産後母子支援センター「こももティエ」

 ▽一歩踏み出せない

 小林さんはある男性と付き合いだした19年末、体調がすぐれず生理が遅れた。市販の妊娠検査薬を買って試すと陽性だった。妊娠2カ月。うれしさもあったが、不安の方が圧倒的に大きかった。男性とはこれまで、結婚の話もしていない。妊娠したことを伝えると、次第に連絡が取れなくなった。

 仕事は不安定な派遣社員。貯金もない。両親とは死別し、兄弟とも疎遠だった。妊娠判明の1カ月後には、つわりなどで体調も悪く仕事も辞めざるをえなかった。新型コロナウイルス感染症がまん延し、外出すら怖い。誰にも相談できないまま、家に閉じこもった。

 「誰かに相談しなければ」と考え、インターネットで支援窓口を探したこともあったが「自己責任」という思いが頭をよぎった。避妊の方法を知らなかったわけではないから。自分に対する情けなさが消えない。大きくなるおなかを見て何度も「エコーで赤ちゃんを見たい」と願ったが、病院には行かなかった。

 ▽「もう一人じゃない」

 それでも中絶する意思はなく「この子を諦めるぐらいなら自分も死のう」と考えるようになった。妊娠後期の翌年9月、ついに自宅で破水。痛みに耐えながら死を覚悟したが、「たとえ迷惑をかけても産みたい」と思い直し、119番した。

 搬送先の病院で緊急帝王切開となり、娘を出産。小さな顔と一生懸命泣く様子を目の当たりにし、涙が止まらなかった。不安に反して病院のスタッフはみな優しく、心理士からは困難を抱える母子が暮らせる福岡市の産前・産後母子支援センター「こももティエ」を紹介され、入所した。

 ミルクの作り方や沐浴(もくよく)方法など、育児に必要な知識を学んだ。職員も一緒になって娘の成長を喜んでくれた。周囲の優しさに支えられ、今年、センターを卒業。子育てへの不安はつきないが「もう一人ぼっちではない」と今は思える。職員の家庭訪問を受けながら暮らし、生活が落ち着いたら仕事を探す予定だ。

「こももティエ」内にある母子の居住スペース=3月、福岡市

 ▽始まった支援

 福岡市では孤立する妊婦を公的支援につなげようと、昨年10月から会員制交流サイト(SNS)を活用した相談窓口の設置や、妊娠中から暮らせる住居支援を始めた。

 事業を委託された社会福祉法人が運営する「こももティエ」には、ベビーベッドなどの子育て用品が完備された部屋が設けられ、看護師やソーシャルワーカーなどの専門チームが、病院への同行から育児のサポートまで、切れ目ない支援で母親に寄り添う。

 「妊娠したことをパートナーに言えない」。「コロナで夫が失業して子育てが不安」。センターの窓口には多くのSOSの声が寄せられている。宮城や埼玉など遠方からの相談も多い。中絶が不可能な妊娠22週を超えた女性もいるという。

 厚生労働省も2019年から、こうした「産前・産後母子支援事業」を行う自治体への財政補助を本格的に開始している。20年度には母子を受け入れる施設に対する生活費や住居の賃借料も対象に加えたが、福岡市のように相談事業と住居提供の両方を行う自治体はまだ少ないという。

「こももティエ」内にある母子の居住スペース=3月、福岡市

 ▽特定妊婦って?

 「特定妊婦」という言葉を知っている人はどれくらいいるのだろうか。児童福祉法に明記され、貧困を抱えていたり望まぬ妊娠をしたりしたなど、出産前から支援が必要と行政が登録する妊婦のことだ。制度が始まった09年から10年間で約7倍と大幅に増え、2018年は7223人だった。それでも知名度はまだ低い。

 登録された人数も地域間でばらつきがあり、支援が必要な妊婦を十分に把握できていない。19年には20代の女性が就職活動で上京中にトイレで赤ちゃんを出産し、殺害する事件も起きた。その後も、産んだ赤ちゃんを母親が遺棄、虐待する事件は後を絶たない。

 こももティエの大神嘉センター長は「小林さんは無事に卒業できたが、一歩間違えば母子ともに危険な状態になっていた。本来であれば妊娠中から『特定妊婦』として登録され、細やかな支援が行われるべきケースだった」と指摘する。

「こももティエ」の大神嘉センター長=3月、福岡市

 ▽アウトリーチも

 自治体はこうした妊婦を把握する方法として、妊娠届提出時の面談や病院などとの連携を挙げる。だが予期せぬ妊娠などに悩む女性は「責められるのではないか」との不安から、行政窓口や病院への相談は想像以上にハードルが高いという。

 センターでは今後、地元の民生委員や子ども食堂などとの連携も模索。地域に心配な妊婦や母親がいないか情報を共有し、必要であればセンター側から訪問するなど「アウトリーチ型」の支援もしていきたい考えだ。妊婦の中には知的障害などを抱え、相談場所や方法が分からずに孤立する人も多いという。

 生まれてくる子どもの養育についても、妊娠中から丁寧な支援が欠かせない。妊婦が若かったり、病気だったりする場合、自分で育てることが難しいケースがあるが、出産後すぐに決断することは難しい。センターでは今後、里親団体とも連携し、出産後にどういった選択肢があるのかを知り、将来についてじっくり考えることができる仕組み作りを進めたいとしている。

 ▽一人で悩まず

 娘とともに新生活をスタートさせた小林さんは、妊娠時の自分と同じ境遇を持つ人がいたら「助けを求める声に耳を傾け、手を差し伸べてくれる人はきっといる」と伝えたいと語った。相談を阻む自責の念や批判への恐怖は痛いほど分かる。だからこそ「大丈夫だよ、優しい人はたくさんいる」とも呼び掛けたい。

 福岡市のこももティエに加え、福岡県は特定妊婦らの相談事業や妊娠中から暮らすことができる住居の提供を、21年度中にも始める。大神センター長は「少しずつ取り組みは広がっている。一人で悩まず声をあげてほしい」と訴える。

 こももティエではウェブサイト(https://comomotie.jp)から、ラインやメールで匿名での相談が可能。ほかにも全国妊娠SOSネットワークのウェブサイトでは各県の支援団体を記載https://zenninnet-sos.org/contact-list)しており、最寄りの相談先を知ることができる。

 ▽相談できる社会を

 記者も18年に妊娠が判明し、19年に子どもを産んだ。つわりや腰痛などの体調不良や、胎内に宿った小さな命を守る重圧。親になるという責任に何度も押しつぶされそうになることがあった。

 それが予期せぬ妊娠であったら、状況はさらに複雑となる。ただでさえ急激な体の変化に戸惑う女性が、「自己責任」だからと、たった一人で自らを責め、苦しい状況を誰にも相談できない社会であってはいけない。

 悩みを抱える妊婦やそのパートナーが、ちゅうちょせずに公的機関につながり、かけがえのない命が守られる社会となってほしい。

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