「濃密な関係」台湾の家族に押し寄せた変化の波 近すぎる?親戚との距離感【世界から】

台湾の家族の食事風景(C)Lordcolus

 台湾には、「墓参りをする日」が存在することを知っているだろうか。1935年、台湾政府が民間習俗であった農歴の清明節に墓参りをする風習を、「民族掃墓節(民族全体で墓の清掃する日)」と定め、以来毎年4月4日または5日を国民の休日にした。墓に家族や親戚が集い、掃除をし、先祖への感謝を示し、親戚同士があいさつを交わすことで、家族の絆を確かめ合う。遠縁まで濃密な関係が特徴の台湾にも少子高齢化の波が押し寄せ、家族観も変容しつつある。(共同通信特約ジャーナリスト=寺町幸枝)

 ▽「家族重視」の民族性

 台湾人は世界的にも家族を重視する民族として知られている。百科事典の「ブリタニカ国際大百科事典」によれば、台湾には、父系性と家長制度を主体とした典型的な中華系の家族構造が文化として根付いているという。

 もちろん近代化の流れにおいて、日本や他のアジア圏の国々で見られるような核家族化の現象は1980年代から進んでいる。それでも他国に比べれば、「親孝行」は重視され、家族を大切にする傾向が強い。

 「家族は、結婚や多くの社会的イベントで役割を果たしており、その構成員の忠誠心やアイデンティティーの中心であり続けている。また多くの企業が家族経営であり、家族で運営されている」(ブリタニカ国際大百科事典引用)

ウェイ・ツォンツォ氏の論文

 実際、中華経済研究院の魏聰哲(ウェイ・ツォンツォ)氏によって書かれた2017年の研究論文「The Succession and Business Transformation of Taiwanese SMEs to Reactivate the Entrepreneurial Spirit(台湾の中小企業の後継者と事業の転換 起業家精神の再活性化に向けて)」によれば、台湾の上場企業の実に約75%が家族経営によるビジネスだ。このことから考えると、家族関係が個人のプライベートな生活だけにとどまらず、経済的な関係にも影響を与えていることがうかがい知れる。

 ▽進む核家族化・高齢化社会

 だが台湾における少子高齢化の波も避けては通れない状況だ。国立台湾大学の陳玉華助教授が、2020年に英国系研究誌「台湾インサイト」に寄稿したリポートによると、台湾人の1家庭における家族数は、1946年に6・09人だったのが、2020年には2・67人と大幅に少子化が進んでいる。

 さらに初婚の年齢についても、男性で32・6歳、女性で30・4歳(2019年調べ)と晩婚傾向が高まり、台湾の家族の形にも変化が見られる。加えて独身者の数も上昇傾向にあり、2000年は22%だった独身率は、2020年には34%に跳ね上がった。

 そのため、子どもが高齢の親の世話を全面的に担うという社会構造に対して疑問を持つ層が増えつつあり、その流れから2007年には台湾政府も日本の高齢者ケア政策を参考にした「長期照顧十年計画」を開始している。具体的には、国民が高齢になっても同じ地域に住み続けられるように、介護サービスや訪問介護など、自己負担30%で、介護認定者がサービスを受けられるようにしたものだ。

台湾では、先祖が黄泉の国でも幸せに暮らせるようにと、墓で冥紙や紙銭(紙の金)を供えたり、燃やしたりする習慣がある(C)寺町幸枝

 だが、台湾社会には「儒教的社会構造」が根深い。そのため、夫婦関係以上に親子関係が重視される。親孝行を美徳とする影響からか、社会の通説としても、いまだに多くの台湾人の間で、長男が一族の高齢の親の世話を担い、経済的に支援する傾向がある。約100の国・地域で実施されている「世界価値観調査」によれば、20・9%の日本人が実の親または義理の両親と同居しているのに対して、台湾では42・2%が同居しているという。(2017―2020年調べ)

 ▽台湾人に嫁いだ日本人の視点

 筆者も台湾人に嫁いだ身。台湾で重視される家族観や親戚との距離感に何度も驚かされてきた。連日のように親戚が家を行き来することや、かなりの遠縁まで密な関係が続くことなどは近頃の日本では考えられない。結婚式の招待客が、夫の親族だけで50人を越えた時は驚いた。それも父方の親戚の半分しか出席しなかったというのにだ。

 親と同居をしていなくても、毎日のように家族や親戚が揃って食事を共にする。独立してからも、友人と出かけるより家族や親戚と旅行する方がずっと多いなど、その距離感を「近すぎる」と感じることもある。ある台湾人に嫁いだ女性は、「あまりに家族中心主義で、プライバシーがない」と愚痴をこぼす。また「義理の両親が合鍵を持っているために、突然家に入ってくる」という声も聞いた。

 家族との距離感は、嫁だけでなく台湾人でさえ、時に疎ましく感じることもあるのが本音のようだ。「家族で事業をしていると、身内と一緒に働くことが理想的ではないこともある」と嘆く台湾人男性にも出会った。家族だからといって、能力や考え方が必ずしも同じであるとも限らない。そのような状況において、身内故に言えないこともあるだろう。

 台湾社会では今、現代的な考え方と伝統的な家族観の間に摩擦が起きている。それでも多くの台湾人が今も家族の絆を大切にしている理由は、家族関係から長年得てきた喜びや安心感などが、台湾社会における安定した人間関係の土台となっているからではないだろうか。

 ジャパンネット銀行の調べでは、日本でもこのコロナ禍で家族の大切さを再認識している人が増えているという。日本にも「遠くの親戚より近くの他人」が覆り、「血は水よりも濃い」という時代がやってくるかもしれない。

© 一般社団法人共同通信社