大歓声や鳴り物、光りや音響を駆使した派手なショーアップ―。スポーツ観戦に付随するこうした音や照明が苦手な「感覚過敏」のファンを受け入れる取り組みが進みつつある。落ち着いた観戦環境を提供する「センサリールーム」や、パニック、興奮状態に陥った際に心を落ち着ける「カームダウンスペース」を、スタジアム内に設置する動きが本格化してきた。(共同通信=菊浦佑介)
▽ヒーリング音楽も
サッカーのJ1川崎が、親会社の富士通や川崎市などと協力して先導的な役割を果たし、2019年に国内で初めて実施。日本サッカー協会(JFA)も導入に乗り出し、1月に国立競技場で行われた天皇杯決勝で初めて仮設のセンサリールームを開設した。4月11日に同じく国立競技場で開かれたサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」のパナマ戦では、日本代表の試合として初めて、センサリールームを設けた。
通常はテレビ解説用として使われるブースに、感覚過敏の子どもを持つ2組の家族を招待。プレーや観客席の音が直接入ってこない、窓越しにピッチを望む6畳ほどの部屋が観戦用の場所だ。近くには、興奮を鎮めるための「カームダウンスペース」として、ヒーリング音楽を流した薄暗い部屋に、心地よい環境をつくる特殊な照明や遊具といった「スヌーズレン機器」を並べた。抱えると振動するクッションや、内部に水泡がゆらめく透明な円柱状の機器など、リラックス効果のある色とりどりの遊具が置かれ、感覚過敏の人がパニック状態に陥った際に「自分自身を取り戻せる」(担当者)空間だ。
▽スポーツに興味
川崎市の谷沙織さん(42)は、長女沙結子さん(12)が感覚過敏に悩まされ、次女の沙和さん(10)も大きな音が苦手。これまでスポーツ観戦はほぼ無縁だったが、昨年11月にJ1川崎による等々力競技場での取り組みに参加した。今回の国立競技場は、センサリールームで2度目の観戦となった。
一家はカームダウンスペースも活用しながら、動揺することなく観戦を終えた。沙織さんは「静かな環境で落ち着いて観戦できるのは本当にありがたい」と語る。これまで、沙結子さんは天気が良くても室内での読書を好むなど、根っからのインドア派。ところが、等々力での観戦後にスポーツに興味を持つようになり、この春、進学した中学校では陸上部に関心を示しているという。沙織さんは「文化系の部活だとばかり思っていたけど、運動に目が向くきっかけになった」と喜ぶ。
注意欠陥多動性障害(ADHD)の長男(12)と観戦に訪れた女性(39)によれば、スタジアムの「一体感」も苦痛になるという。周囲が盛り上がる中、1人だけ応援していないように感じると、恐怖心や、楽しくないという感情が芽生える。「サッカーは見たいけど、スタジアムは楽しくない」と、競技場から足が遠のいてしまった長男とは、3年ぶりの生観戦となった。女性は「観戦中にパニックになると、外に連れ出すしかなかった。センサリールームでは自分たちのペースで、楽しくおしゃべりしながら試合が見られた。本当にありがたい」と強調した。
▽スペース確保が課題
JFAは今後、男子日本代表の試合でもセンサリールームを設置する方針で、J1広島の新スタジアムには同様な部屋が常設される。なでしこジャパンの試合にはプロ野球西武の球団職員も視察に訪れるなど、サッカー以外の競技でも「感覚過敏」に苦しむ人をスタジアムに呼び込む動きが芽生えつつある。
JFAの須原清貴専務理事は「障害者サッカーというプレーヤーの観点や、車いすの観戦者へのアプローチはこれまでもあったが、観戦者のハードルを下げる取り組みは不十分だった」と認め、今後さらに力を入れていく構えだ。設置のためのスペース確保は大きな課題で、通常はスポンサー向けのVIPルームとなる部屋などの利用が想定される。相手方との契約上の制約もあるが、須原氏は「丁寧に説明すれば、ご理解いただけるのではないか」と語る。
キーワードは「誰ひとり取り残さない」。他にもさまざまな障害がある人々に対応する観戦環境の整備は、今後スポーツ界全体の責務になっていくだろう。須原氏は「サッカー界で広げていくことで先鞭(せんべん)をつけ、他のスポーツイベントにも広がっていけば」と期待を込めた。