もっと「助けて」と言える場に 病院が中高生の妊娠相談 支えたい特定妊婦

 不安げな表情を浮かべ、10代の女性が肩を震わせた。「誰にも言えなかった」。予期せぬ妊娠に悩み、孤立する彼女たちの相談に乗るため、全国20の産婦人科医療機関が昨冬以降、中高生向けの窓口を設置した。保険証を提示せずに匿名で受診でき、無料で妊娠検査を受けられる。背景には、生後間もない赤ちゃんの虐待死や遺棄事件が全国で相次いでいる実態がある。追い詰められた若者が「助けて」と駆け込める場所はまだ少ない。どうすれば悲劇を防げるのか。(共同通信=小川美沙、松本智恵)

福田病院(熊本市)の「中高生妊娠相談」のチラシ

 ▽敷居低く

 窓口を設置したのは、予期せぬ妊娠をした女性の相談に乗っている「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会(あんさん協)https://anshin-hahatoko.jp(本部・埼玉県熊谷市)に加盟する医療機関。協議会は2013年に発足し、若年妊娠だけでなく、貧困など困難を抱える「特定妊婦」を支援。特別養子縁組のあっせんや相談にも対応してきた。発足から昨年9月までの相談は200件。うち、約3割が中高生だ。

「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会」発足から7年間の相談者の年齢(同協議会提供)

 新型コロナウイルス禍では、休校や長期間の外出自粛も影響したとみられ、若者からの相談は後を絶たない。親に話せないまま自宅出産してからSOSを出した学生も。こうした孤立分娩(ぶんべん)は、母子ともに命の危険がある。ほかにも、生後ゼロ日の赤ちゃんを遺棄するなどの「虐待死」をなくすため、中高生向けの取り組みを始めたという。

 あんさん協事務局の鮫島かをるさんは「お金がないとか、誰かに話すと責められるではないかとか一人で悩む若者も、産婦人科に足を運んでもらい、支援につなげたい。産婦人科の敷居を低くしたい」と訴える。いずれは国や自治体に取り組みを進めてほしいと願う。

 ▽秘密は守る

 あんさん協加盟の熊本市の福田病院は昨年11月に窓口を設置。これまで中高生から十数件の相談があった。「性感染症が心配」「避妊せずに性交渉してしまった」などの声や、緊急避妊薬(アフターピル)に関する相談もある。「秘密は守る」と伝え、安心して相談してもらうという。

 同病院ではこれに先立ち、2016年に「母子サポートセンター」をスタートした。医師、助産師、社会福祉士や公認心理師ら専門職が連携し、特定妊婦に相当する女性たちを支援してきた。

 うち、20歳未満の相談は1割ほどだが、社会福祉士の日高恵利さんが「もっと早く相談してくれたら…」と感じたのは一度ではない。「交通費も受診費もない」という理由で出産間近に駆け込んできたケースや、正しい避妊方法を知らず「妊娠なんかしていない」と思い込み、保護者が体の変化に気づいて連れてきたケースもあった。

福田病院の社会福祉士、日高恵利さん=3月、熊本市

 ▽早めのアプローチを

 「若年妊娠は問題が多岐にわたり、複雑に絡み合う」と日高さん。来院する10代の女性の中には、複雑な家庭環境で育つ人や、虐待、性暴力の被害を受けた人もいる。本人の希望通り学業を続けられるかどうかも大事な問題だ。学校の実情を知るスクールソーシャルワーカーや、児童相談所、保健所など関係先との連携も欠かせない。

 子どもを育てられない場合は、特別養子縁組の支援もしている。出産後、赤ちゃんと1週間ほど一緒に過ごすうちに「連れて帰りたい」と気持ちが揺らぐ女性たち。「『かわいい可愛い』だけでは育てられないから、育てるには何が必要か考えよう」と声をかけ、丁寧に寄り添う。

 日高さんは訴える。「孤立しがちな若者にどう早めにアプローチし、選択肢を示せるか。もっと多くの医療機関でこうした支援をしてほしい」

 同院では、若年妊娠は特定妊婦に相当するとして支援しているが、自治体によっては認識に差があり、特定妊婦に認定されないこともある。その場合、保健師による訪問など行政の継続的なサポートから漏れてしまう。「認定にある程度の基準が必要だ」とも指摘する。

 ▽男性も当事者

 国の統計や報告によると、19年の20歳未満の出産は7782件。中絶件数は20歳未満が12678件で、うち15歳未満が186件あった(19年度)。

 一方で、中学の授業では原則、中絶や避妊が取り扱われていない。学習指導要領で「妊娠の経過は取り扱わない」という記述があるからだ。性教育が遅れている中で、予期せぬ妊娠をした若者は、出産や中絶の重大な決断を迫られているとみられる。

 あんさん協の鮫島さんは「性教育はどう生きるかを教えることで、男性も当事者であるという認識が十分とは言えないのでは」と指摘する。

 鮫島さんは、ある女子学生が加盟医療機関を訪れ、泣き崩れた姿が忘れられないという。

 女子学生は母親に妊娠を話せないまま中絶可能な時期を過ぎ、体調も悪く、数カ月の入院を要した。20代の恋人とは連絡が取れない。生まれた子どもを「育てたい」と望んだが、実際には難しく、特別養子縁組をした。

 恋人の住居を突き止めたが、間もなく引っ越されてしまい、足取りがつかめなくなった。彼女は心身共に追い詰められた。母親が「こんな理不尽はない」と吐き出すように言ったのが耳に残っているという。

 ほかにも、ずっと一人で不安と闘ってきた妊婦は何人もいた。鮫島さんは「妊娠を誰にも喜ばれず、死を考える人もいる。女性にだけ『自己責任』と迫るのはおかしい。社会で支えるべきだ」と訴える。

福田病院の「中高生妊娠相談」のチラシ

 ▽伴走的支援を

 「性教育は男女問わず、自分の人生の道筋を考える上でのライフスキル。誰にとっても自分ごとだととらえてほしい」

 そう話すのは、妊娠や出産の問題に詳しい静岡大の白井千晶教授(社会学)。避妊や中絶だけでなく、子を産む場合はどういった制度を活用できるか、養子縁組などの選択肢も含めて若者に早い段階から情報を伝えるべきだと考える。

 白井教授は、法律の問題点も指摘している。特定妊婦の支援を定めた児童福祉法は、生まれてくる子どもの健全な成育の保障が目的。「女性を支援する視点が十分でない」と説明する。

 こうした現状で求められているのは、若年妊婦が安心して相談できる場所という。各地域に、学業の継続や就業支援、今後の生活も含めて一カ所で相談できる「ワンストップ・サービス」の必要性を訴える。

 白井教授によると、海外では妊娠検査を含め、出産費用が無料となっている国もある。韓国も、未婚母を包括的に支援しようという取り組みが進んでいる。ソウルにある民間施設「エランウォン」には公費も投入され、若年妊婦が無料で入所できる。妊娠中から産後、乳幼児期まで滞在することができ、職業訓練やカウンセリングも受けられ、母親が高校や大学に通う時間は、保育室に子どもを預けることもできるという。

 日本でも一時的に母子を保護する施設はあるが、妊娠中から産前・産後まで継続的なサポートが受けられるところは少ない。「予期せぬ妊娠で危機的な状況に陥った若者に寄り添い、包括的な支援ができるよう法制度の整備も必要だ」としている。

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