【プロレス蔵出し写真館】新日本の歴史で欠かすことのできない“海賊男”の変遷と「正体」

漁船でやって来た?海賊ガスパーズ(88年6月、宮崎・串間の福島港)

海賊が漁船に乗ってやって来た!?

これは、今から32年前の昭和63年(1988年)6月4日、宮崎・串間市の福島港でのひとコマ。漁船の上でサーベルを構える2人の海賊男はビリー・ガスパー(左)とバリー・ガスパーだ。3月から海賊ガスパーズとして本格的にシリーズ参戦を果たしていたのはビリーとガリーだが、5月にガリーがメンバーを外れバリーに変わった。

今でこそ、パロディーと化した海賊男が登場したりもするが、当時は〝新日本プロレスの黒歴史〟のひとつに数えられる大阪城ホールでの暴動事件を誘発。乱入して試合を壊すなどファンには不評のキャラクター、それが海賊男だった。

とはいえ、その海賊男はガスパーズではないのだが…。

海賊男(海賊亡霊とも呼ばれた)が初登場したのは、87年2月10日、米フロリダ州タンパのスパルタン・スポーツアリーナ。ホッケーマスクに海賊衣装の謎の怪人が、海外遠征中の武藤敬司VSジェリー・グレイ戦に乱入し、武藤を杖で襲う様子がテレビ朝日の「ワールドプロレスリング」で中継された。関係者によると、タンパで行われる海賊祭り「ガスパレラ」をヒントにしたアントニオ猪木のアイデアだったとも言われ、この海賊男は猪木だったというのが今では通説となっている。

その後日本で、忘れたころに姿を現しては乱入を繰り返す海賊男のターゲットがその都度変わり、目的と意図がまったく読めない行動を続けた。リング上ばかりか、この年の12月12日には藤波辰巳(現・辰爾)がハワイ・ホノルルのワイキキビーチタワーの駐車場で襲われている。一説によると、乱入した海賊の正体は木村健吾(後に健悟)、蝶野正洋、小林邦昭、馳浩らだったと言われている。

そして、最もファンの怒りを買い、暴動に発展したのは87年3月26日に大阪城ホールで行われた「INOKI闘魂LIVE Part2」だった。

メインイベントで、2年9か月ぶりに新日本に登場したマサ斎藤が猪木とシングルマッチを行い、好勝負を展開しているさなか、なんとここに、海賊男が手錠持参で乱入。そして、斎藤の手首と自分の手首に手錠をかけると、なぜか戸惑い顔の猪木をリングに残し、斎藤を控室に連れ去ってしまった。観客が騒然とする中、手錠を引きちぎり戻ってきた斎藤と猪木の試合が再開され、そうこうしている内に、斎藤が反則負けで試合終了。

この不透明で、わけのわからない展開に観客の罵声、怒号が飛びかった。さらに猪木が出てきてからのマイクアピールにファンの怒りが爆発、会場に居座った観客がイスやビール缶、ゴミをリングに投げ込み、一部の観客は紙を燃やし警察、大阪府警機動隊、消防車が出動する騒ぎになった。

この時の海賊はブラック・キャットだと言われているが果たして…。

さて、海賊ガスパーズの方は新日本への本格参戦前の88年2月21日、AWAの勢力圏だった米ウィスコンシン州ラインランダー高校体育館でビリー・ガスパーが大デモを行っていた。ボブ・オートン・ジュニア、ブライアン・ノッブスと組み、ワフー・マクダニエル、グレッグ・ガニア、バロン・フォン・ラシク組と対戦。ガスパーのセコンドには斎藤が就き、オートンと2人でワフーを血祭りに上げている写真が東スポ紙面を飾った。

新日本に参戦したビリーはオートン・ジュニアなので、このラインランダーでのビリーの〝中身〟が誰だったのかは不明だ。

海賊男はこの年9月の新日本・台湾遠征にビリーが参加したのを最後に雲散霧消した…と思われたのだが、99年に自主興行「INOKI FESTIVAL」(12月1日、国立代々木競技場第二体育館)を開催する猪木に海賊男から対戦要求が舞い込み、猪木は一騎打ちを受託した。ウィットに富んだ猪木は、ホッケーマスクで入場するというパフォーマンスを見せ、試合は腕ひし逆十字固めを決めて快勝した。

猪木は「一説にはオレこそが海賊の正体じゃねえかってウワサもあったんで〝1回くらい海賊の格好してみるのもいいな〟と思って海賊の格好をした」と語り、猪木自らは海賊男説を否定した。

そして、08年2月16日、有明コロシアムで行われたIGF「GENOME3」では、20日の誕生日に先がけ猪木を祝うセレモニーが行われ、ホッケーマスク姿のゲストが猪木に花束を贈呈。マスクを外すとオートン・ジュニアと木村健悟が明かされるという粋な演出が行われた。

さらに16年12月2日、大阪で行われた「マサ斎藤特別激励会」では、全試合終了後、リングであいさつするパーキンソン病でリハビリ中の斎藤を海賊男が傘で襲撃。何度も倒された斎藤が、おぼつかない足取りで何とか立ち上がりチョップ、ストンピングで反撃。たまらず海賊男はマスクを取って武藤と明かし、斎藤とガッチリ抱き合い、握手をかわした。

海賊男登場の発端となった武藤と、暴動騒動で海賊に手錠をかけられ試合を壊された斎藤。そんないきさつは抜きにしても、自力で立ち上がり武藤と抱擁をかわす斎藤の姿に涙ぐむファンもいたようだ。

ところで、写真のガスパーズの特写取材は、当初、山での撮影を予定していた。しかし、「山? それじゃ山賊やろ」(坂口征二)。的確すぎる一言で港での撮影となった(敬称略)。

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