スウェーデン大使らと考えた「わきまえる社会」 私たちがジェンダー報道を展開する理由

 日本は男女格差指数世界約150カ国中120位台の常連、女性国会議員の割合9・9%(衆院)…。本当は「おかしいこと」なのに、当たり前のようになって放置されている社会の不平等、不均衡を改めて問い直そうと、今年も共同通信を含め、メディア各社が3月8日の「国際女性デー」の前後にキャンペーン報道を展開した。ジェンダー(社会的性差)平等について発信を続けている、スウェーデンのペールエリック・へーグベリ大使とジャーナリストの治部れんげさんを招き、国際女性デー報道に関わった共同通信の記者が意見を交わした。(構成 共同通信=宮川さおり、発言者の敬称略)

スウェーデンのペールエリック・ヘーグベリ大使

 ▽転換期

 治部 性差別、男女平等を巡って日本社会の空気がこの数カ月で変わった。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長の女性蔑視発言を機にそれまで発言したり、怒ったりしなかった人たちが声を上げ始め、文字通り火が付いた。

ジャーナリストの治部れんげ氏

 市川亨・生活報道部編集委員 森氏の発言は日本社会の転換期をつくったと捉えている。「(組織委の女性は)わきまえておられる」という発言で、長く続いた男性優位の日本社会で多くの女性が「私、わきまえさせられていたんだ」と自覚したのだと思う。この言葉を年長者が口にするときは「黙っていろ」という意味。さらに男性の中でも、そう強いられてきたことに気付いた人がいただろう。

共同通信社の市川亨編集委員

 大使 スウェーデンは、1970年代、女性が働きに出るのを後押しするために税制度や法制度を大きく変えたのを機に男女平等意識が急速に高まった。私たちは、男女平等を単に「よいもの」だから取り組んでいるのではない。スウェーデンは、1千万人強の小さな国で、高齢化社会。女性を含む、あらゆる人に働いてもらい、経済を活性化させる必要があった。

 市川さんの話では、日本では男性も「わきまえる」ことを求められてきたというが、スウェーデンでは何十年もかけて、他の人が意見を表明する機会を尊重する土壌を形成してきた。私たちもまだまだ完璧ではないが、平等な社会をどう実現していくかということを常に考え、議論し、取り組み続けている。

スウェーデンのペールエリック・ヘーグベリ大使とジャーナリストの治部れんげ氏を招き行われた座談会

 ▽3人から60人

 治部 共同通信が、国際女性デーのキャンペーン報道をするようになったきっかけは。

共同通信社の山脇絵里子社会部副部長

 山脇絵里子・社会部副部長 女性に対する暴力や、家事育児の偏りなど、女性にとって不均衡な問題は山ほどあるが、痛ましい事件や大きなニュースにならないと書きづらい面があった。「よく考えるとおかしいのに当たり前になっていることを改めて問い直すのに、女性デーをきっかけにしよう」と、3、4人で始めたのが3年前。今年は、60人近くが取り組み、森氏発言にもこうしてつながった記者たちが反応した。続けることが大事だと実感した。 

 治部 今回の座談会に当たり、共同通信の配信記事に目を通した。イスラム圏のエジプトで子どもを育てるため、50年間男装して働いている女性の話など、海外に関する多様な記事が出ている。特派員は男性が圧倒的に多いと聞くが、どのようにしてこうしたニュースが出ているのか。

共同通信社の小西大輔外信部担当部長

 小西大輔・外信部担当部長 共同がキャンペーン報道を始めたころまでは、海外支局から女性デーに関する記事はほとんど出ていなかった。今年は台湾の議員のクオータ制(人数割当制)の記事など、日本も参考にできる先進的事例や、紹介があったエジプトの記事のように、日本では考えられないような話も紹介できた。地域や国が変われば見える景色が全然違うということを伝えられたと思う。

 特派員は男性が9割を超え、女性割合は1割未満。男性特派員からも今年、ジェンダーの観点から積極的な出稿があった。自分自身もそうだったが、海外に行くと日本の良い面と悪い面の両方が見える。多角的な視点で記事を書けるようになるようだ。

 治部 私が経済雑誌の記者だった時代、ジェンダーに関するいろいろな提案をしては、〝偉い人〟から却下された経験がある。「こんなものはうちの読者は読まない」と言われたことを覚えている。今でも、他メディアの記者と話していると、おかしいと思っても社内で理解を得られず、記事にできないことがあると聞く。若い世代の記者としてどうか。

共同通信社の三浦ともみ記者

 三浦ともみ・社会部記者 男女を問わず、問題意識を持って、話を聞いてくれる上司や仲間の存在は大きい。そういった意味で、自分の部署では出稿の壁を感じることはあまりない。先輩記者の話を聞くと、ずいぶん環境は変わったんだなと思う。

 ▽一里塚

 治部 大使はジェンダー報道をどう考えるか。

 大使 ジャーナリストは、自分たちのいる世界を構造的に理解し、目の前で起こっていることに、立ち止まって「なぜ」と考える必要がある。ひとりひとりの問題を示すのは必要だが、「性別に基づく色眼鏡をかけているのではないか」など、背景をあぶり、伝えることも大切。公に仕える外交官と共通する視点だ。

 治部氏 現実を見ると、まだまだ男女格差はあるが、「もう男女の問題ではない、ダイバーシティ(多様性)の時代だ」と、女性の問題を前面に掲げることを疑問視する声もある。あえて女性の問題に焦点を当てる意図は?

 山脇 片方の性だけを書くのはおかしいといった意見があるのは承知している。一方で「男女格差指数の国際順位が120位台はないでしょう」と。この状況が変わるまでは書く必要があると思っている、今は一里塚、今後はジェンダーに関連するさまざまな記事をより積極的に出せる仕組みも考えたい。

 治部 少しメディアの中の話をしたい。今日の座談会のメンバーは男女半々。新聞・通信社の管理職に占める女性の割合は8・5%、民放各社は15・1%。共同通信はどうか。

 山脇 私が入社したときは記者24人のうち女性は4人だった。現在は記者採用はほぼ半々。編集部門全体は女性が20%。管理職は8%。出稿部によってばらつきがあり、例えば生活報道部は40%台、社会部は20%台いるが、運動、政治、経済各部はそれより少ない。一番少ない部は1桁。編集方針を決める場にもっと女性が増えればより多様な記事が出ると思う。

 大使 この数カ月、幅広い年代の女性が声を上げ報道された。この変化に政治や行政がどう反応するかで日本の将来が大きく変わるとみている。

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 ペールエリック・へーグベリ スウェーデン外務省アフリカ局長などを経て、2019年から駐日大使。

 治部れんげ 日経BP記者を経て米国留学。4月から東京工業大学リベラルアーツ研究教育員准教授。

 山脇絵里子 1992年入社。ニュースセンター整理部長などを経て社会部副部長。

 小西大輔 92年入社。サンパウロ特派員などを経て外信部担当部長。

 市川亨 96年入社。大阪社会部デスクなどを経て生活報道部編集委員。

 三浦ともみ 2010年入社。福島支局などを経て社会部記者。

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