ワクチンパスポートで再び世論分裂?正念場迎えた米国 マイノリティーへの接種も課題

米ラスベガスで披露された携帯電話アプリの新型コロナウイルスの「ワクチンパスポート」=4月7日(ゲッティ=共同)

 米国では4月16日、政権発足100日で2億回の新型コロナのワクチン接種という目標を達成した。4月19日現在、18歳以上の約51%が少なくとも1回の接種を受けた。それでも、感染力の高い英国由来の変異株の影響で、半数の州では再び感染が増加に転じた。ミシガン州、ペンシルベニア州などでは入院患者数も急上昇。高齢者の重症化は減ったものの、60歳以下の若年患者も目立つ。接種を進めるため、スマートフォンなどに表示されるワクチン接種済み証明、いわゆる「ワクチンパスポート」の活用も取りざたされるようになった。ところが、これに共和党系の知事が反発している。低所得者層やマイノリティーの人々への接種もなかなか進まない。米国のワクチン接種は今、正念場を迎えている。(テキサス州ダラス在住、ジャーナリスト=片瀬ケイ)

 ▽昨年の感染拡大が新規感染を抑制

 1月上旬は、全米で1日あたりの新規感染が20万件以上という日が続いた。が、ワクチン接種が進むにつれ、3月には1日6万件前後まで下がった。このため3月上旬以降、筆者の住むテキサス州のように、マスク着用義務を撤廃したり、営業制限の緩和にかじを切ったりする州が増え始めた。テキサス州では4月5日、入場制限を撤廃し、4万人近いファンを球場に迎えて大リーグのテキサス・レンジャーズがホーム開幕戦を開催した。

テキサス州がマスク着用義務を解除した最初の週末。速攻で飲食店ににぎわいが戻った=3月13日撮影、ダラス市、ⓒ片瀬ケイ

 テキサス州は昨年から1月まで非常に多くの感染者を出した。このため、ワクチン接種率が他州より低いものの、接種済みの人と合わせて州民の6割程度がすでに抗体を持っている可能性があり、それが感染拡大を抑制しているとみられている。

 実際、同州では英国変異株による感染が少なく、新規感染件数も横ばい。入院患者数は減り続けている。

 しかしテキサス州のような状況でも、気はぬけない。3月以降、飛行機での移動も活発になった。今後、変異株が広がる可能性は十分にある。米国では1日に400万回以上というスピードでワクチン接種を進めているものの、まだ接種を受けていない高齢者もいる。60歳以下の若年層の接種が本格化するのもこれから。さらには、ワクチン接種をするつもりがないという人も少なくない。

 ▽インターネットも、車もない

 バイデン政権は4月19日から、全米でワクチン接種対象者を16歳以上の全員に広げた。にもかかわらず、例えば80歳代の高齢者でも、まだ接種を受けられずにいる人もいる。

 インターネットで申し込みができない、電話回線の混雑で予約がとれない、外出できる健康状態にない…。こうしたさまざまな理由が高齢者をワクチン接種から遠ざけている。

 ほかにも、車がなくて接種会場に行けなかったり、英語が母国語でないために十分な情報が得られなかったりするマイノリティーや低所得者層の人々もいる。ダラス市はこうした人たちの多い地域にもワクチン接種会場を設置した。が、真っ先にやってきたのは富裕層の多い郊外から家族が車で連れてきた白人の高齢者だった。

 無償ワクチンを全員に提供するといっても、簡単には届かない地域が米国にはたくさんあるのだ。

 ▽接種にも政治イデオロギー

 ワクチン接種が進むにつれ、ワクチン・へジタンシー(接種をためらう人)の割合も減っている。カイザー財団の調査によれば、昨年12月の段階では、ワクチン接種は「様子をみてから」と答えた人が39%。それが3月には17%に下がった。だがその一方で、3月になっても約2割の人は「接種したくない」と答えている。

 接種に消極的な理由はさまざま。例えば妊婦やこれから妊娠を考えている女性などは、特に安全性に敏感になる。ほかに、SNSで拡散される偽情報を基に「新しいワクチンは危険」と決めつけてしまう人もいる。

 さらに米国の場合、政治イデオロギーが大きく影響している。

 3月上旬のピュー・リサーチ・センター調べでは、民主党支持者の83%は「ワクチン接種を受ける予定、または接種済み」と答えた。一方、共和党支持者は56%にとどまった。

 共和党は根本的に大きな政府に不信感を持ち、政府による規制を嫌う。政府が推進するワクチン接種も受け入れたくない気持ちが強い。支持基盤でもあるキリスト教福音派の信者も「神が守ってくれるのでコロナは怖くない、ワクチンは不要」とかたくなに接種を拒否する人が多い。

 このため連邦政府は、ワクチン接種をためらう住民からも信頼を得ている地域の医療従事者や教会関係者、コミュニティーリーダーなどにメッセージを託し、根気強くワクチン接種を呼び掛けている。

ニューヨーク州が導入したワクチン接種済み証明となるQRコードのアプリ、エクセルシオール・パスを使っている様子(ニューヨーク州政府提供)

 ▽安全性確保か、強制への反発か

 接種が進むにつれ、ワクチンパスポートに関する議論は活発化している。大規模施設への入場や移動の際にワクチンパスポートの提示を利用者に求めることで、安全性確保やワクチン接種推進につなげようというものだ。

 ニューヨーク州では4月から、観客がワクチン接種済みまたはコロナ陰性証明を提示することを条件に、劇場や大規模スポーツ施設の収容人数を大幅に拡大した。同州ではそうした証明を、QRコードで表示できる「エクセルシオール・パス」というスマートフォンのアプリを導入済み。アプリの利用は任意で、紙の証明書でも良い。観光が基幹産業であるハワイ州も、ワクチンパスポートの活用を計画している。

 これに対し、テキサス州では、4月6日にグレッグ・アボット州知事(共和)が、「ワクチンパスポートの禁止」という州の行政命令を発出。ワクチン接種は強制ではないと強調し、州の施設や州の資金を受ける民間団体が、ワクチン接種の証明書を利用者に求めるのを禁じた。フロリダ州、ユタ州、アイダホ州、アリゾナ州もワクチンパスポートの禁止を定め、他の共和党知事らも同じ考えを示している。

 連邦政府としてもワクチンパスポートを導入する考えはない。だが、航空業界やクルーズ船をはじめ、産業界主導でワクチンパスポートの開発は進んでいる。  ワクチンパスポートが接種をさらに促し、経済再開の起爆剤となるのか、あるいは再び米国世論を二分する存在となるのか、今後の議論が注目される。

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