サステナビリティと地政学 各国の取り組みが国際社会にもたらす影響とは

コロナ危機によって大きく変化する世界情勢の中で、改めて地政学に注目が集まっている。サステナブル・ブランド国際会議2021横浜では、PwC USで地政学的投資部門を率いるアレクシス・クロウ氏が「サステナビリティが地政学にもたらすインパクト」をテーマに講演を行った。コロナ危機をきっかけに、気候変動をはじめとするサステナビリティ課題への取り組みが世界各国で加速し始めた。では、このサステナビリティ課題をめぐる各国の動向は、国際社会にどのような影響をもたらすのだろうか。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

世界が新型コロナウイルス感染症の拡大により社会経済の危機に直面し、一時はサステナビリティへの取り組みも停滞するかと思われた。しかし「ビルド・バック・ベター(より良い復興)」や「グレート・リセット」といった国際的な掛け声の下、世界はサステナビリティを軸に再構築を図り、多くの国・企業がいまや気候変動を将来的な危機として強く認識するようになっている。

クロウ氏は、こうした状況について「人材の獲得戦略を再編成するために、資本投資を行う重要な機会でもある」と指摘する。ESG投資はコロナ以前から、この時代の最大の投資トレンドになっている。そうした中、欧州中央銀行(ECB)のチーフエコノミスト、フィリップ・レーン氏が「EU圏のインフレ率の改善は、エネルギー転換の配分とそれへの投資によって起きる可能性がある」と語っているように、世界でも同様の潮流が生まれようとしている。

世界はどう動いているか

クロウ氏は、各国・地域のサステナビリティや気候変動対策が世界にもたらす影響について具体的に解説した。

まず米国では、バイデン大統領が1月に就任した直後にパリ協定への復帰を実行した。2050年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすることを目指し、国を動かしていくという意志の表れだ。

欧州は気候変動対策の中心的存在となっている。その積極的な取り組みの背景にはエネルギー安全保障を強化したい狙いがある。過去にエネルギーショックを経験したことがきっかけで、欧州の国々は電源構成比における再生可能エネルギーの割合を高める動きを推進する。ドイツでは自治体レベルで取り組みが進んでいる。フランスでも「取り組みが十分に進んでいない」という抗議運動が起きながらも、最近の選挙の傾向からは、ヨーロッパエコロジー・緑の党が勝利を納め、連立政権において重要な役割を果たしている。また英国も脱炭素化を進め、再生可能エネルギーの割合を高めることを掲げ、実行している。

中東の持続可能性を考える上で欠かせないのが、石油・天然ガス資源の輸出で潤ってきた国々の将来だ。ネットゼロ(温室効果ガス排出量の実質ゼロ)への移行期間は、引き続き石油や天然ガスを使用することになるだろうが、アラブ首長国連邦(UAE)やカタール、サウジアラビア、クウェート、オマーンなどといった産油国は富の基盤を失うことになる。

ラテンアメリカの中でとりわけ注目が集まっているのが、ブラジルのエネルギー転換政策だ。同国は太陽光発電・風力発電が明らかに多く、機関投資家の関心が高い。クロウ氏は、ブラジル中央銀行の議事録を読むと、生産性と持続可能性には関連性があり、持続可能性の向上は生産性の向上に繋がることが示されていると語った。

日本、韓国、中国、ベトナムの動向

アジアについては、日本と韓国のような豊かな国、そして中国、発展途上国の3つに分類して説明した。韓国はエネルギー資源の95%を外国に依存し、日本も同様にエネルギー自給率が低い。日本では菅義偉首相が昨年、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを発表。韓国の文大統領もグリーン・ニューディールを発表し、主要戦略への投資を約束している。クロウ氏は「日韓両国は、再生可能エネルギー分野以外でもイノベーションを起こすことができる」と語った。

クロウ氏は、日本が国内資源として開発を進めるメタンハイドレード、蓄電池、大学と企業間のイノベーションなどが今後重要になってくるとも語った。さらに島国という地形を鑑みると、送電網の安定性を確保するためのイノベーションが極めて重要だと指摘。日本で生まれるイノベーションはいずれ海外へと輸出できるようになるだろうと期待を込めた。

世界の注目が集まる中国では、大気汚染政策が国家安全保障関連事項に位置付けられている。クロウ氏は、国家としても大気汚染物質の削減に対してあらゆる施策を打ち、各自治体の首長も状況を改善するために動くだろうとの見方を示した。また習近平国家主席がダボス会議に参加し、エネルギー転換を主導し、気候変動と闘うことを約束したことについて、中国はそれを実行していく力があり、同国の銀行に潤沢な資金があることを考えると、巨大経済圏構想「一帯一路」などを通じて資金や融資を全体に流すことも可能だと説明した。

続いて、日本が最大の投資国でもあり、驚異的な成長を遂げているベトナムは、約9700万人という人口を抱えながら、今後、どのようなエネルギーを用いて経済成長や都市化を進めていくのかーー。一定量の海洋資源も保有する同国が掲げるエネルギー開発計画に注目が集まる。

ESGのSとGも重要に

クロウ氏は「社会経済の再構築をより良い形で進めていく中で、気候変動への取り組みは、国と企業を繋ぐだけではなく、企業同士の連携も可能にするだろう。政府と企業、気候変動活動家は、個人やコミュニティがエネルギー転換に対応できるようその支援策を考えていくことが大事だ」と強調した。

各セクターレベルの動向については、再生可能エネルギーの世界最大の投資家は世界最大のエネルギー会社になり、大きな影響力を持っていくとの見通しを示した。さらに世界最大手の銀行も関連する資産の管理を進めるため、重要な役割を果たしていく。投資家もポートフォリオの脱炭素化を加速させ、不動産業界でも脱炭素化が成長のドライバーになるという。

最後に、ESG のS(ソーシャル・社会)とG(ガバナンス)の重要性について語った。ガバナンスに関しては今、さまざまな転換点を迎えているという。例えば、女性取締役の登用やその義務付けが行われるようになり、こうした動きはアセットマネジメントの観点からも非常に重要になるとした。またソーシャルについては、日本企業の多くがキャッシュを潤沢に持っていることで、コロナ禍で経済が停滞する中にあっても、雇用を維持することができたことを例に挙げた。会社の貸借対照表(バランスシート)を良い状態で維持するということは、社員を養うという意味で非常に重要だとし、ポストコロナの経営においても欠かせないポイントであり、株主への責任だけでなくすべてのステークホルダーに対する責任を果たそうとする上でも重要になると力を込めた。

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