入管法改正におびえるミャンマー人女性 難民申請3回以上で送還対象に 「帰されたら捕まる」

ミャンマーは緊迫が続く。3月31日、ミャンマー・ヤンゴンで治安部隊の弾圧から逃げようとする抗議デモ参加者(AP=共同)

 国会に提出されている入管難民法の改正案が成立したら、この家族はいったいどうなってしまうのだろうか。日本で難民と認められないミャンマー少数民族の女性の話を聞きながら、改めて法案の危険性を感じずにはいられなかった。改正案は実は、改悪なのではないか。難民申請の現場から報告する。(ジャーナリスト、元TBSテレビ社会部長=神田和則)

 ▽白いマスクににじむ涙

 「すごく不安です。ミャンマーがひどい状況なので、(入管難民法が改正されて)もし私が国に帰されたら絶対に捕まる」

 その女性Aさん(39)と会ったのは、法案が衆議院で審議入りした4月16日。弁護士事務所の会議室で、コロナ対策用のアクリルボード越しに話を聞いた。生い立ちから、来日の経緯、難民申請の現状、家族のこと、そして悪化するミャンマー情勢への恐怖…。

 上手な日本語で語り、時折、子どもたちに話が及ぶと声が曇って、白いマスクに涙がにじんだ。

 夫婦はミャンマー北部の出身で、Aさんは少数民族カチン、夫はカチンと少数民族シャンをルーツに持つ。10年ほど前に日本で結婚し、いまは小学4年生、2年生、3歳の女の子のお母さんだ。

 Aさんが「もし私が国に帰されたら」と、「私」を強調したのには理由がある。

 今回の改正案では、3回以上の難民申請者を送還の対象にすると規定されている。Aさんはすでに3回難民申請したが認められなかった。

 一方、夫と子どもたちは2回目の申請が不認定となったところだ。家族全員が不服として審査請求をしたため難民認定の手続きは継続中で、いまの法律ならば送還されることはない。

 だが、改正案が成立してしまえば、3回申請のAさんだけ家族と切り離されてしまう恐れが生じる。

 「難民として保護されて、夫と子どもと安心して暮らすことが望みです」

 Aさんの口調は、強い不安と危機感でいっぱいだった。

 ▽UNHCRが「重大な懸念」を表明

 この改正規定に対して、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は、「重大な懸念」を表明し、「難民条約などで送還が禁止される国への送還の可能性を高める」と出入国在留管理庁(入管庁)に意見書を提出した。

 また、国連人権理事会の専門家が日本政府に送った共同書簡でも「送還後に生命や権利が脅かされる可能性」があり、国際条約に違反するおそれを指摘している。

入管難民法改正案について記者会見し、廃案を訴える人たち=4月7日午後、厚労省

 今回の入管難民法改正について、入管庁は、国外退去処分を受けた外国人の収容長期化を解消することが目的としている。

 しかし、この問題に詳しい弁護士や支援者は「そもそも長期化を招いたのは、入管庁自身だ」と批判する。日本の難民の認定率は極端に低く(19年0・4%、20年1・2%)、本来難民と認められるべき人が認められていない。加えて入管側は近年、東京五輪に向けて収容と送還を強化する方針を打ち出した。

 退去処分とされた人の大半は自ら出国しているが、「国に戻れば身の危険がある」「難民であるのに認められない」と訴え続ける人や、日本に家族がいる人は帰るに帰れない。その結果、収容される人は増え、収容が長期化しているという指摘だ。

 入管庁が公表した昨年の複数回申請者の出身国は、上位2カ国をトルコとミャンマーが占め、その数は全体の5割を超す。全国難民弁護団連絡会議は、「諸外国ではトルコ系クルド人やミャンマー少数民族など相当数が難民認定されているが、わが国ではほとんど認められず、標的にして『送還忌避者』のレッテルを貼っている」と批判する。

 ▽当事者と入管庁の認識落差

 カチンの女性、Aさんが難民申請に至った事情を追ってみる。

 カチンの反政府組織は、長い間、国軍と戦闘を続けてきた。今回のクーデター後も、軍はカチン反政府組織による支配地域への空爆など攻撃を激化させている。

 Aさんの幼いころ、町は国軍、反政府勢力、麻薬取引組織が入り乱れ、女性や子どもにとっては人身売買や軍による性的暴行の危険に満ちていたという。地元の病院で看護師をしていたAさんの母親は、性的な被害に遭った女児を目の当たりにして「娘を被害者にしてはいけない」と、7歳のAさんを遠く離れたおばの元に預けた。

 一方、母親は偶然、緊急出産を手伝った妊婦が反政府勢力の幹部の妻だったことから政府側に呼び出されて逃走、親類やブローカーを経由して1997年に日本に入国した。

 Aさんはミャンマーで高校、大学と進学したが、母親が国軍から追われていたことや、それが原因で父親が軍によって逮捕、暴行を受けたこともあって2007年に日本へ。08年に難民申請した。

 Aさん家族の難民申請をめぐって、入管側はミャンマー情勢をこう述べている。

 「ミャンマーにおいては、近年、民主的手続きを経てNLD(引用者注・国民民主連盟)が政権与党となり、政治活動や言論に対する規制が大幅に緩和されているほか、連邦議会の重要職に少数民族出身者を選出することで少数民族に対する配慮を示すなど、本国情勢の変化が認められる」(18年10月、Aさんの夫に対する難民不認定理由より)

 現実は、民政移管とされた後も国軍の影響力は厳然と残っていた。そしてクーデターが起きた。

4月1日、ミャンマー・マンダレーで3本指を掲げて国軍に抗議しながら燃えるタイヤの横を通過する男性(ロイター=共同)

 Aさんは語る。「アウン・サン・スー・チーさんがトップになっても、私たちは完全なデモクラシーとは思っていませんでした。クーデターの後、ミャンマーで起きている(残虐な)ことは、カチンにとっては前から続いてきたことです。入管に話しても信じてもらえなかったけれど、(市民を弾圧する)映像を見れば、私たちが感じてきた恐怖は、わかってもらえると思います」

 Aさんの実感と、入管側の認識にはあまりにも落差がある。

 Aさんの代理人の渡辺彰悟弁護士は「入管は、自分たちのミャンマー情勢の分析の甘さを見直して保護に向かわなければならない」と強調する。

 ▽「二重の迫害」受ける恐れ

 「小4の長女は一番下の子の面倒を見て、私が風邪をひいた時は一生懸命お手伝いしてくれる。小2の次女はアイスクリームが大好きなので、小さいころはアイス屋さんの社長さんになっていっぱいアイスを食べたいと言っていたけれど、いまは姉が歯の治療で大変な思いをしているのを見て、子どもに優しい歯医者さんになりたいって言うんです」

 私が子どもたちの様子を尋ねると、うれしそうな表情を見せたAさんだったが、すぐに切々と娘たちへの思いを語り始めた。 

 「幼いころ、家族がバラバラになってしまった私のような思いを、自分の子どもたちにはさせたくない」「上の2人は、私より日本語が上手なので、テレビでミャンマーのニュースを見てわかっているみたい。クーデターの後、子どもたちが(在日ミャンマー人の)デモに行きたいと言うので、一緒に参加しました。軍に子どもが殺されたニュースを見ると、わが子のことのように感じる」

 軍事政権は、Aさんのように国外で民主化運動に加わったり、SNSで批判したりする行為に対しても、帰国すれば弾圧する姿勢を見せているという。先の渡辺弁護士は語る。「保護は急を要する。母国での迫害の恐れを抱えながら生きていくと同時に、日本で人間と扱われず尊厳を奪うような二重の迫害を受けさせてはならない」

入管難民法改正案に反対するため、国会前に集まった大勢の人たち=4月15日、東京・永田町

 「人としての尊厳」の問題は、ミャンマーの人たちだけではない。他の難民申請者や非正規滞在の人たちにも共通する。多くの外国人が、働いて生活をすることも、健康保険の適用も認められず、不安な日々を過ごしているのだ。

 入管難民法の改正は、“難民鎖国”と言われながらも、保護を求める人たちが頼みとしてきた細い糸すら絶ちかねない。

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