「開催強行」で失敗五輪になる恐れ 抜本見直し提起につなげられるか

By 内田恭司

 7月23日の東京五輪開幕まで3カ月を切った。しかし、東京は大阪など3府県とともに、またもや新型コロナウイルス緊急事態宣言の発令に追い込まれ、開催への反対論や懐疑論がさらに強まった。菅義偉首相はあくまでも実現を目指す方針だが、「強行開催」により東京五輪が歴史的な失敗に終われば、責任は首相が負うことになる。ただ現代五輪は問題だらけだ。今回の苦難の経験を踏まえ、国際社会に対して抜本的見直しの声を上げられるか、日本の力量が問われている。(共同通信=内田恭司)

3度目の緊急事態宣言発令を決定し、記者会見で謝罪する菅首相=4月23日夜、首相官邸

 ▽リバウンド阻止の5本柱は不発

「安全、安心な大会が実現できるよう全力を尽くします」。首相は4月23日の衆院本会議で、宣言発令の正式決定を前に、東京五輪の開催を目指す考えを改めて強調した。しかし、この言葉をそのまま受け取る向きは少ないだろう。国民の多くが、コロナ感染が収まらない以上、五輪は中止せざるを得ないと考えているのは間違いない。

 それにしても、前回の緊急事態宣言を3月21日に解除してから1カ月あまりで、なぜまた、宣言の発令に追い込まれることになったのか。

4月25日、緊急事態宣言が発令され、酒類の提供停止を知らせる飲食店の張り紙=東京・新宿の歌舞伎町

 解除の際、政府は感染のリバウンドを阻止するため(1)飲食店対策の徹底(2)変異ウイルスの監視強化(3)PCR検査の強化(4)ワクチン接種の推進(5)医療提供体制の充実―の5本柱を決定。首相は「再び宣言を出すことがないように五つの対策をしっかりやることが私の責務だ」と言い切った。

 しかしこの間、東京の1日当たりの検査件数は多くても1万件前後でこれまでと変わらず、ワクチンの接種は遅々として進まなかった。最も重要な医療提供体制の強化も十分にできないまま、京阪神や首都圏を中心に感染が拡大。あっという間に緊急事態宣言の再々発令となってしまった。

 首相官邸関係者は「変異株の感染力が予想以上だった上に、相変わらず省庁間の連携が悪く、政策の目詰まりが解消されなかった。仙台市で効果が出たまん延防止等重点措置の行方をもう少し見たかったが、状況が許さなかった」と苦々しげに語った。

 ▽「完全な形」での開催は、もうない

 菅政権は「第4波」の阻止に失敗したが、あおりをまとも受けたのが東京五輪だ。安倍晋三前首相は再三にわたって「東京五輪を完全な形で実現する」と訴え、事実上の国際公約になったが、もはや「完全な形」での五輪開催はあり得ない。

ライトアップされた国立競技場=4月14日夕

 政府や東京都、大会組織委員会などは3月、海外からの観客受け入れを断念。日本の観客の上限は今後決めるが、競技によっては無観客も選択肢に入っている。

 チケットの膨大な払い戻しで入場料収入が激減し、政府が狙ったインバウンドに伴う経済波及効果はほぼ消失した。先行投資したホテルや観光業界は「死屍(しし)累々」(政府関係者)の惨状だ。

 それだけではない。北朝鮮はコロナを理由に不参加を表明。国際水泳連盟は一時、日本で開催する予定だった五輪最終予選3大会を中止する意向を日本側に伝えた。予選で五輪代表を決めらないため、国際ランキングで選出する競技も出てきそうだという。

 ▽聖火リレーも寸断

 各国・地域の選手団が来日できても、政府が求める厳しい感染対策への負担から「事前合宿」の受け入れを断念する自治体が相次いでおり、十分な事前調整ができない懸念が浮上。そもそも、パラリンピックを含めて数万人にもなる選手や大会関係者を安心で安全な環境下に置くのは「至難の業」(政府関係者)だ。徹底した検査と厳格な行動管理が不可欠になるが、国内で医療資源が逼迫(ひっぱく)している中で、万全な態勢が構築できるか見通せない。

 五輪を盛り上げようと3月25日に福島からスタートした聖火リレーは、次々と公道での実施が中止されたため、あちこちで寸断されてしまった。

4月14日、公道での聖火リレーを中止し、大阪府吹田市の万博記念公園内で行われた聖火リレー

 ▽自民ベテラン「始まればなんとかなる」

 こうした中、自民党の二階俊博幹事長が4月15日のTBSのCS番組収録で「とても無理なら、スパッとやめなきゃいけない」と発言し、大きな波紋を呼んだ。感染拡大局面の中、菅首相は訪米し、17日にバイデン米大統領との初会談に臨んだが、バイデン氏から得られたのは、五輪開催に対する「努力への支持」までだった。

 期待していた米選手団派遣の約束は取り付けられず、外務省幹部によると、首相が望んだ五輪開会式へのバイデン氏訪日は実現しない見通しとなった。

 それでも五輪開催に突き進む菅政権について、自民党のベテラン議員は話す。「始まれば何とかなると思っている。日本人選手が金メダルを取れば盛り上がり、最後は感動で終わるという、いつもの楽観論だ」。

 ▽ワクチンシナリオは机上の計算?

 実際、政権内からは、最大の懸念は夏の「第5波」であり、それさえ阻止すれば開催できるとの声が聞こえる。4月25日からの緊急事態宣言でこれ以上の感染悪化をくい止める一方、5月からは米ファイザー製ワクチンの供給が本格化。米モデルナ製ワクチンも承認され、5月中にも供給が開始される見込みでもある。

 ファイザー製は、大型連休中までに65歳以上の高齢者向けとして全1741市区町村に1箱ずつ(1瓶6回分前提で1170回分)配送される。5月17日の週までには、さらに計2万箱が空輸されるので、単純計算でもう10箱ずつが届く。日本の高齢化率を29%として、人口4万人以下の自治体ならこれで全高齢者への接種1回分をカバーできる。

高齢者向けワクチン接種の予約で、混乱した高知市役所の特設会場=4月23日

 調達を担う河野太郎担当相の説明を踏まえれば、5月中にはさらに1千万回分以上が入ってくることになっており、全てがその通りになれば、この時点で全自治体の4分の3に当たる1300余りの自治体が1回目分の確保完了となる。

 ただ東京については、実際の高齢者人口で見ても、国立市や千代田区など一部の市区町村しか確保を終えられていない。それでも6月以降はさらに供給スピードが上がるので、月末までには医療従事者を含めて、東京の全人口約1400万人の4分の1以上が接種を終えるか、2回分のワクチンを確保できている計算になるのだそうだ。

 政府のもくろみ通り、ワクチン接種が迅速に進み、コロナ感染を抑え込めれば、なんとかなるだろう。だが、これまで何度も楽観論は覆され、感染のリバウンドが繰り返されてきた。

 ▽失敗五輪の責任

 5月17日には国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長の来日が検討されている。広島を訪問する意向だとされるが、この計画に合わせたのか、緊急事態宣言は11日までとなった。バッハ会長来日が実現すれば五輪はもう止まらない。

IOC理事会を終えて記者会見するバッハ会長=4月21日、スイス・ローザンヌ(IOC提供・共同)

 「強行開催」の結果、最悪のケースとして、第5波のまっただ中での開催を余儀なくされ、不参加国が続出。無観客の会場ばかりとなるだけでなく、選手や関係者に感染者が相次ぐ事態となれば、「コロナに打ち勝った証し」どころか「コロナに打ち負かされた」五輪となるのは確実だ。国民や都民には多大な財政負担だけが残される。

 こうなると東京五輪は、次世代へのレガシーとして受け継がれるどころか「最も失敗した五輪」として歴史に刻まれることになる。失敗五輪となった責任は菅首相が負うしかない。それでも首相は自ら衆院解散に踏み切ろうとするのだろうか。

 ▽あぶり出された現代五輪の問題点

 一方、この際なので、政局論を離れて現代五輪の在り方を考えてみたい。今回の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大という「非常事態」によって、近年の五輪が抱える構造的な問題点があぶり出された。この経験を、五輪見直しに向けた世界共通の糧にしていくべきだ。

東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムの国立競技場

 東京がここまで苦しんだのは、五輪があまりにも肥大化・商業化し、巨額の運営費と膨大な人的負担を強いられたからだし、IOCだけでなく国際競技団体や有力スポンサー、さらには政治を含め、五輪を巡る利権が複雑に絡み合ったからだ。

 こうした五輪の在り方はもう限界に来ていることが、今回のコロナ禍でより明白になったのではないか。4月12日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、五輪の在り方の抜本的な見直しを主張した。

 同紙が指摘するように、現代の五輪は、膨大な運営負担により持続可能性に疑問符を付けられているだけでなく、招致活動の段階での贈収賄や、選手自身の薬物汚染、開発による環境破壊など、深刻なスキャンダルにまみれてしまっている。

 東京五輪が失敗しても、日本は今回の経験を基に、世界に向けて「五輪を見直そう」と声を上げる資格を得ることはできる。

 日本が苦心した「簡素化」や「分散化」「選手第一」は確実にキーワードになる。国際社会に対してどこまで踏み込んだ問題提起ができるのか。ここでも、日本の政治家や五輪関係者だけではなく、国民世論の力量が試されることを、忘れてはならないだろう。

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