将来のために卵子凍結するのは現実的?何歳までに?いずれ出産したい女性が知るべき費用とリスク

「今すぐではないけれども、いずれは出産したい」と考える女性の選択肢の一つが、卵子凍結です。民間クリニックによる卵子凍結サービスも活発化しており、関心を持つ女性も増えているのではないでしょうか。

卵子凍結の実態とはどのようなものなのでしょうか。順天堂大学医学部附属順天堂医院などで数多くの腹腔鏡手術や不妊治療、産婦人科医療に携わり、2015年には千葉県浦安市で公費助成による世界初の「卵子凍結保存プロジェクト」に参加したメディカルパーク横浜の菊地盤院長に、そのリスクや費用を聞きました。


1回の卵子凍結で100万円かかるクリニックも

――「卵子凍結」について概要を教えてください。

菊地:簡単に言うと、採取した卵子を凍結保存しておくことです。卵子凍結とはそもそも、不妊治療の一つである体外受精のステップを途中で止めている状態。卵子は通常、1個しか排卵しませんが、複数個採れるようにする排卵誘発剤という薬剤や採卵する手術などが必要になります。

卵子凍結には、がん患者さんなどが治療によって妊娠する力が損なわれる可能性がある場合に卵子を凍結する「医学的適応」と、加齢などによって妊娠や出産ができなくなることを回避するため、若いときの卵子を温存する「社会的適応」の2種類があります。

日本産婦人科学会はこのうち医学的適応を認めていますが、高齢妊娠のリスクなどを理由に社会適応は推奨していません。医師によって考えが異なるかもしれませんが、学会が推奨していないというのが現状です。

キャリアの理由に卵子凍結できる?

――今回は「仕事などを理由に妊娠を先延ばししたい」という社会的適応による卵子凍結に注目しています。費用はどのくらいかかるのでしょうか。

菊地:クリニックによって採れる卵の個数で値段を変えていたり、一回の採卵で値段を決めていたりすると思いますが、1回の採卵と凍結で50万円ほどというのが相場ではないでしょうか。

都内では100万円を超えるクリニックもあると聞きます。また、凍結卵子の管理料が必要になるケースもあり、私のところでは個数によらず、一回採卵あたり20万円と設定しています。これはかなり安い方で、倍以上の管理料を取るクリニックもあると思います。

――1回卵子凍結で50万。数年先までの管理料も加わると大きな金額ですね

菊地:自費診療なのですごく高く感じるかもしれませんが、薬代も高いので決して暴利を貪っているわけではなく、妥当な値段だと思います。

実は不妊治療のクリニックにとって、卵子凍結のみというのはあまり収益性がよくないのです。その後の受精や妊娠という工程があれば治療費がかかりますが、卵子凍結は凍結した時点で止まってしまう。凍結卵子を管理していても、いつ次のステップを踏むかわからないので、少し高めに料金設定をしているクリニックは少なくないかもしれません。

できれば30代半ばまでに

――「卵子を凍結できるのは40歳まで、子宮に戻せるのは50歳まで」などと年齢制限を設けるクリニックもあります。卵子凍結は何歳頃までに行うべきだとお考えでしょうか。

菊地:「何歳から妊娠能力が低下するのか」という問題です。体外受精も35歳を過ぎると成功率は下がるので、やはり35歳前後までに卵子を凍結するなら意義があると思います。

そもそも卵子は、お母さんのお腹の中にいた頃に作られたものをずっと持っているだけです。新しく作られることはなく、年齢とともに質は低下し、量も減り続けていきます。一般的に10代、20代で極端な差はありませんが、30代半ばを超えると量は急激に減ると言われています。20代~30代前半で、卵子の質がよく量が多い時期にたくさん凍結しておくと、メリットが大きいと考えられます。

――凍結した卵子による妊娠率についてはどうでしょうか。

菊地:論文やデータによって異なりますが、だいたい1割程度とされています。ただ、これは卵子凍結時の年齢が高い人のデータも含まれている可能性があります。35歳未満で卵子凍結した人に限定すれば、成功率はもっと高いかもしれません。一方で海外では、提供卵子による妊娠では、年齢層でも出産に至るまでの確率はたいして変わらないというデータもあします。

――母体の年齢は妊娠率に影響しないのでしょうか

菊地:子宮筋腫や子宮腺筋症など子宮の病気がある方は妊娠が難しくなります。ただ、野田聖子さんがアメリカで卵子提供を受けて50歳で出産されたように、医学的には子宮に問題がなければ何歳になっても産めます。

海外でも提供卵子を使って女性が60代で出産した海外の例を聞きますよね。とはいえ、学会などが子宮に戻す年齢を制限しているのは、やはり高齢妊娠にはそれなりのリスクがあるためでしょう。やはり高齢での妊娠は生命に関わる重篤な合併症を起こす可能性が高くなるため、40代前半までに産むのが理想的ではあると思います。

排卵誘発剤による身体的リスクも

――長期間卵子を凍結した場合には、卵子の劣化は起こりえないのでしょうか。

菊地:凍結保存自体は、冷蔵庫とは違って液体窒素の中に入れることでエネルギー損失がほぼゼロになるので関係ありません。極端に言えば、細胞はフレッシュなまま何十年でも凍結することができます。

ただ、受精卵は受精後、胚になった時点でグレードが評価できるのですが、採った時点の卵子の評価はいまだに研究段階です。また、凍結技術と融解技術、そもそもの卵子の質など複合的な問題が絡み合います。

たとえ20代でも常に状態のいい卵子が採れるとは限りません。たまたま採卵したときの卵子の状態がよくない可能性もあります。それをたくさん凍結保存したところで5年後、10年後に「妊娠できませんでした」という結果になるかもしれない。どういう面も理解すべきポイントです。

――そのほかのリスクはありますか

菊地:排卵誘発剤は卵巣を刺激して卵子をたくさん採りますが、卵子がたくさん採れるほど卵巣過剰刺激症候群という症状のリスクが上がります。普通は1個しか排卵しないのに、20個も排卵させるために卵巣は大きくなり、ホルモンがたくさん出てしまう。

そのため、薬で調節しないと合併症で腹水や胸水が貯まったり場合によっては死に至ったりするケースもあります。もちろん防御する方法はありますが、テクニックも医師によって違います。卵子凍結はそうしたリスクがあることは理解しないといけません。

――クリニック選びのポイントは

菊地:選び方はとても難しいのですが、基本的に症例数が多いところがいいと思います。件数をこなすにはそれなりのスタッフも必要ですし、先生も慣れているでしょうから、合併症があっても対処に慣れている可能性が高いです。

また、排卵の誘発方法もクリニックによって違います。件数が多くても毎回卵を1個、2個しか採っていない場合もあるかもしれません。どこのクリニックでも同じように個数が採れるわけではありません。

クリニックに電話で卵子凍結の件数や誘発方法を詳しく聞く方法もありますが、クリニックに大事な卵子を委ねるわけですから、複数の病院を回ってお話をすることもおすすめです。カウンセリングや採血ならそんなに高くないので、ドクターショッピングして合う医師を吟味してもいいでしょう。最終的に必ず妊娠できるかはわからないので、もしダメだった場合に「この先生なら納得できる」と思える医師がいいと思います。

不妊治療の保険適応化で卵子凍結はどうなる?

――不妊治療の保険適応化が検討されていますが、卵子凍結をとりまく状況にも影響があると思いますか?

菊地:保険適用になると国のお墨付きの治療となるので、体外受精への後ろめたさは減っていくと思います。その延長線上で、体外受精のステップのひとつである卵子凍結もハードルが下がる可能性があるでしょう。

ただ、社会的適応の卵子凍結にも保険が適用されたり、卵子凍結の料金が下がったりといったことは残念ながら当分ないと思います。

政府ががん患者さんに対する卵子凍結に補助を出す動きを発表していますが、これには賛成です。抗がん剤や放射線治療が始まって卵巣の機能を失う可能性があり、さらにがん治療でお金もかかるという人に、優先して補助してあげるのは納得がいきます。

一方で、医学的適応と同様に、社会的適応の卵子凍結にも何らかの形で補助はあるべきです。夫のご病気の関係で妊娠や出産を先延ばしにするしかない方や、キャリアを考えると今は妊娠できない方など、どんな理由であれサポートはされてほしいと思います。

女性にとって一つの武器になる

――卵子凍結を考えている女性に対して伝えたいことはありますか。

菊地:妊娠をするかしないか、いつするかを決めることは、人権のひとつですが、生物学的には妊娠には限界があり、35歳頃から難しくなっていく事実は揺らぎません。お金は貯めることはできても卵子の年齢はどうにもなりません。

それを知っていれば、卵子凍結は一つの武器になります。もちろんリスクはゼロではないですし、100%の妊娠を保障するものではありません。しかし、そのリスクや事実を知った上でやるのではあれば本人次第ですし、他人が咎めることではないと思います。将来の子どもや家族のことを考えて凍結をするなら、全く後ろめたさを感じる必要がないのではないでしょうか。

一方で、日本では妊娠・出産のタイムリミットが過ぎそうになってから卵子凍結を考える人が多いです。すでに述べた通り、高齢になってからの卵子凍結では効果が低くなってしまいます。

特にマスコミの影響からか、40歳、50歳でもすべての人が簡単に産めると本気で思っている人はまだまだ少なく ありません。自分の将来や体を真剣に考え、健康に投資するという考え方を持ってほしいと思います。

© 株式会社マネーフォワード