【おんなの目】 江戸を走る

 朝も昼も夜も私は、時代小説を読む。

  “長屋は六軒がむかい合っている。どの家も見すぼらしく、表板戸の一部が無惨にも剥がれたままの家もあった”。(闇の掟・澤田ふじ子)。

 私が生まれたのは、戦後すぐ。前述のような長屋は沢山あった。そこで遊んだ。そこに私の原点がある。農家も身近にあり、牛を追う小学校の同級生の男子に憧れた。電気水道はあったが心情は江戸の人達と変わらなかった。

 今、私は大阪の詩を書くグループに所属している。季刊で詩誌を発行し、合評会は大阪で行われたので年に二回くらいは出席して教えを請うた。それが、このコロナ禍で集合しての合評会は難しいので、Zoom(オンライン会議システム)でやる、と宣言された。私はできないし、習得する気がおきない。参加しなければ詩について教えてもらえない。

 “継の当たった襦袢姿の女が土間から顔を覗かせた。油気のない髪、全身から所帯の苦労が匂いたっていた”。

 今や、長屋は壊され、瀟洒な家々が建つ。密林が拓かれ、神秘の暗がりが破壊され、暴かれ、様々な菌が世界に放たれる。情報が飛び交い私は蹲る。Zoomに落ちこぼれた私は、詩は上手くならないまま江戸の町を走る。馴染みの世界に潜り込む。

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