3選挙全敗は「特殊事情」が原因か 問われた安倍・菅政権の政治姿勢

By 尾中 香尚里

衆参3選挙で全敗した翌4月26日、自民党役員会で目を伏せる菅首相=国会

 菅義偉政権にとって初の国政選挙となった衆院北海道2区、参院長野選挙区補選、参院広島選挙区再選挙の3選挙(4月25日投開票)で、自民党は全敗という結果となった。自民党内からは選挙結果について「特殊事情」であるとの見方が盛んに喧伝(けんでん)されているようだ。長野は野党議員の死去による「弔い選挙」、北海道と広島は自民党議員の「政治とカネ」をめぐる不祥事に伴うものであり、野党は勝って当然。全国で戦われる総選挙とは事情が違うということらしい。

 ちょっと待ってほしい。少なくとも「政治とカネ」をめぐる今回の選挙は「清廉潔白な自民党の中に、たまたまごく一部の悪い議員がいた」という話ではない。今回の不祥事を「特殊事情」と呼んで、党全体から切り捨てるのは、いくらなんでも虫が良すぎるのではないか。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

 今回の3選挙で最も注目されたのは参院広島再選挙だった。2019年参院選における大規模買収事件で、昨年6月に夫の河井克行元法相とともに逮捕され、今年2月に公職選挙法違反の有罪が確定した河井案里前参院議員(自民党を離党)の当選が無効になったことに伴う選挙だった。

参院広島選挙区再選挙で当選が決まり、支援者とタッチを交わす宮口治子氏(左4月4月25日夜、広島市

 広島は17年の衆院選で全7選挙区のうち六つを自民党が占めた「自民王国」。19年参院選で自民党は、改選数2の広島選挙区を自民党で独占することを狙った。当時の安倍晋三首相が、自らに批判的だった現職の溝手顕正氏の「追い落とし」のために、広島県連の反対を押し切り新人の案里氏を擁立したとも言われている。安倍氏の本音はともかく「2議席独占」が十分に大義名分になり得る厚い保守地盤が、広島にはあった。

 選挙戦では、安倍首相の秘書らも地元を回って案里氏を支援。結果として自民党の2議席独占はならず、自民党は案里氏が当選、溝手氏が落選した。

 その後発覚した河井陣営の大規模買収問題。その過程で案里氏の陣営が、自民党本部から1億5000万円の資金を受け取ったことが発覚した。溝手氏の10倍の金額だった。

 この買収事件によって発生した広島の再選挙を「清廉潔白な自民党の中に、たまたまごく一部の悪い議員がいた」話に矮小(わいしょう)化していいのか。そもそも、自民党は当初、この広島の再選挙に「特殊事情で敗北」するとは全く考えていなかった。むしろ「楽勝」で乗り切るつもりでいた。

河井案里氏=2020年12月23日

 思い出してほしい。案里氏は昨年6月の逮捕後も無罪を主張し続け、議員辞職も拒んできた。だが、今年1月21日に東京地裁が有罪判決を言い渡すと「判決の内容には納得しかねる」と主張しつつも、なぜか控訴を断念。2月3日に議員辞職願を提出した。

 逮捕後も罪を認めず、議員辞職もしなかった案里氏がなぜ、このタイミングで控訴断念と議員辞職を決断したのか。この直前の西日本新聞に、自民党秘書のこんな発言が報じられていた。

 「案里氏に辞めてもらってだな、自民の強固な支持基盤がある参院広島選挙区も補選に組み込むとする。それでもし『0勝2敗』を『1勝2敗』にできたら、印象もだいぶ違うだろ?」

 この時点ですでに、北海道2区と参院長野選挙区で4月の補選が行われることは決まっていた。北海道は後に収賄罪で在宅起訴された自民党の吉川貴盛元農相(離党)の辞職、長野は羽田雄一郎・立憲民主党参院幹事長の死去に伴うもの。さらに、どちらも野党が強いとされる地域だ。自民党は北海道での「不戦敗」を決めており、長野も含めて自民党の「0勝2敗」となる可能性は強かった。

 だが、公職選挙法の規定によって、案里氏が3月15日までに議員辞職すれば、再選挙は4月の補選と同日に行われる。案里氏がまさか、前述の秘書と同じように考えてこうした行動をとったとは考えたくないが、結果的にこの辞職によって、4月25日の衆参2補選に広島の再選挙が加わることになった。

 菅政権が、事件の影響が残るとはいえ厚い保守地盤を誇る広島で「1勝」を稼ぎ、補選の「惨敗感」を少しでも薄めることに期待したと考えるのが自然だろう。

 だが、広島の有権者はそれを許さなかった。

 繰り返したい。2019年参院選の広島選挙区では、自民党本部の資金1億5000万円が、買収資金として使われたことが疑われている。うち8割の1億2000万円が政党交付金、すなわち税金だ。国民の税金が選挙をゆがめることに使われた可能性がある。しかも、もしかしたら自民党内の反対勢力をたたきつぶすために。

 国民からそんな疑念を向けられているのに、自民党本部からは疑惑を晴らすための説明が、ほとんどなされていない。買収事件の責任を河井夫婦のみに押しつけ、政党としてほおかむりすることは許されないのではないか。

 広島だけではない。不戦敗に終わった北海道も同様だ。

札幌市の吉川貴盛事務所に家宅捜索に入る東京地検特捜部の係官ら=2020年12月25日午前

 議員を辞職し補選を発生させた吉川元農相は、辞職後の今年1月、農相在任中に大手鶏卵生産会社「アキタフーズ」の元代表から現金500万円の賄賂を受け取ったとして収賄罪で在宅起訴された。しかし、これは単独の汚職事件ではない。もともとこの事件は、河井夫妻の買収事件の関係先としてアキタフーズが家宅捜索されたことから発覚したものだ。

 広島も北海道も、再選挙や補選の発生理由を振り返れば、どちらも安倍・菅政権の中枢とのかかわりを無視することはできない。「清廉潔白な自民党の中に、たまたまごく一部の悪い議員がいた」という話ではないはずだ。

 こういう選挙での敗北を「特殊事情」などという言葉で片付けてはいけない。これはかつて新聞社に勤めていた筆者自身の反省でもあるのだが、私たちは、不祥事が絡んだ選挙での政権与党の敗北について、安易に特殊事情の一言で片付け過ぎてはいなかっただろうか。

 確かに、最近の不祥事には、明らかに議員個人の資質の欠如によるものも全くないとは言わない。だが、そういう不祥事についても、今は擁立した政党の責任が問われる。まして今回の広島と北海道の「政治とカネ」をめぐる事件は、どう考えても辞職に追い込まれた議員個人の責任のみに帰すべきものではない。今回の選挙は、安倍・菅政権全体の政治姿勢や体質が問われたとみるべきだ。

 政権側の「特殊事情」という言葉をそのまま安易に使えば、これらの選挙での政権与党の敗北の意味が矮小化されてしまう。それに加担すべきではない。特殊事情などという政権側のマジックワードに惑わされて、安倍・菅政権が抱える問題の本質を過小評価してはならない。

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