夢すき公園 紙の館 ~ 手づくりのあたたかさと奥備中神代和紙の歴史に触れる紙すき体験

日常生活に欠かせない「紙」。

今は製紙工場で作られたものを手軽に購入できますが、工業化以前は日本各地で手すき和紙が作られていました。

中国山地の谷間に位置する新見市神郷地区にも「奥備中神代(おくびっちゅうこうじろ)和紙」の歴史が残ります。

日本一大きな親子孫水車がシンボルの「夢すき公園 紙の館」(以下、紙の館)では、奥備中神代和紙の歴史に触れながらオリジナルの手すき和紙づくりを体験できます。

一度は途絶えた和紙づくりの技術を復興し、継承に取り組む「神代和紙保存会」のかたのお話も聞きました。

夢すき公園 紙の館と奥備中神代和紙

憩いの場 夢すき公園

新見市神郷地区、神代(こうじろ)川沿いにある「夢すき公園」。

直径13.6メートル、6メートル、4.5メートルの水車は「親子孫水車」と呼ばれ、3基が並ぶ水車としては日本最大です。

川や広場で遊べるよう整備されており、自然を満喫しながら休日を過ごすのにぴったりの場所。

昭和中期まで精米・製粉の動力として活躍していた水車を復元し、奥備中神代和紙の歴史を伝え地域活性につなげるため、1991年に開館しました。

館内には紙すき体験ができる「紙の館」と、2020年7月にオープンしたレストラン「キッチン神代」があります。

施設を運営する株式会社いろりカンパニーは、牧場で独自ブランド牛「千屋花見牛」を育てており、レストランには美味しい和牛メニューが充実しています。

今回は紙の館で、新見市在住の中石(なかいし) いつかさんと一緒に紙すきを体験してきました。

奥備中神代和紙について

紙の館の館内には、和紙をつくるための機械や道具がずらりと並んでいます。

奥備中神代和紙に関する展示も充実。

昔は原材料の植物を近くの山で採取するところから行なっていました。

岡山県ではミツマタ(三椏)のみを使う和紙の産地が多いなか、奥備中神代和紙はコウゾ(楮)をメインに、ミツマタも併せて使っているのが特徴です。

ミツマタもコウゾも落葉低木で繊維の強さが特徴で、ミツマタはきめ細やかな繊維です。

一方、コウゾは繊維が太く、仕上がった紙に筆を入れたとき、予想外のにじみが出るおもしろさがあるのだとか。

奥備中神代和紙は丈夫さから、番傘や障子にも使われてきた歴史があるそうです。

コウゾもミツマタも、そのままではもちろん紙にはなりません。多くの工程を経て、紙すきにまでたどり着くのです。

紙すきまでの多くの工程

  • 蒸して、皮をはぐ
  • やわらかく煮る「煮熟(しゃじゅく)」
  • 漂白する
  • 繊維状にバラバラにする「叩解(こうかい)」

そのほか、トロロアオイの根から粘液を採取する工程などもあります。

トロロアオイは、気温が高いとすぐに粘りけがなくなってしまうのだとか。

そのため、昔ながらの紙すきは11月~3月、寒い時期に行なわれています。

新見の冬は雪が積もりとても寒く、そんな時期の冷たい水の中に素手を入れ和紙づくりが行われていたのです。

紙の館で体験する紙すきの材料は、コウゾは使われておらずミツマタのみが使われているため、子供でも均一の厚さに紙をすきやすいです。

また、トロロアオイの代わりに化学ネリを使っているため、年間を通して紙すきを体験することができます。

紙すき体験メニュー

紙すき体験は2名以上、1名の場合は2コース以上から受け付けています。

事前に予約しましょう。体験内容の変更は当日でも大丈夫とのことです。

紙すき体験メニュー

  • うちわ(税込600円)
  • はがき(税込300円)

それぞれ、作品にもみじを飾り、色づけをすることもできます。オンリーワンの仕上がりになりますよ。

紙すき体験

紙の館を運営する株式会社いろりカンパニーの忠田 清香(ちゅうた きよか)さんに教えてもらいながら、手すき和紙でうちわはがきをつくりました。

忠田さん(左)に教えてもらいながら体験

体験は、以下のような工程です。

  • 紙すき
  • 機械で乾燥させる
  • 完成

1.紙すき

紙の館には、うちわ、色紙、はがきを作るための木枠が準備されています。

うちわは表・裏と貼り合わせるため、一度に2枚分の紙すきができるようになっていました。

ミツマタの繊維が混ざったとろりとした液体に木枠を入れ、厚さが均一になるようにすくいあげます。

うちわの場合は上のほうをすくって薄めに、はがきの場合は下のほうからたっぷりすくって厚めに仕上げるのが上手につくるコツなのだそう。

水がひんやり、とろりとして気持ちがいいです。

木枠を上下、左右に動かし、厚さが均一になるようにします。

紙の仕上がりを決める大切な工程ですが、緊張しなくて大丈夫。この段階では何度でもやり直しがききます。

2.飾り・色づけ

次に、サンプルを参考にしながら、もみじの押し花を飾っていきます。

大小、色合いもさまざまなもみじのなかからお気に入りをチョイス。

そして、液体の染料をお玉ですくい、色づけ。オリジナリティが出るポイントです。

色は赤、黄、青、ピンク、紫、緑から選ぶことができます。いくつ色を使ってもOKです。

中石さんはピンク、黄、緑を選んで色づけ。予想外の部分に色が落ちるハプニングがありましたが、結果オーライです。

色づけが終わったら、もみじが浮かないように、最後に繊維が混ざった液体で表面をうっすらコーティングしていきます。

この作業は忠田さんがしてくれました。

3.機械で乾燥させる

いよいよ、乾かしていきます。乾燥は2つの機械を使いました。

まずは木枠を置くと、下から水分を吸引してくれる機械です。

ゆっくりと動かして、全面を乾かしていきます。

まだ半渇きの状態なので、慎重に型から外しましょう。

湿り気のある和紙がちぎれるのではないかと、緊張する瞬間でした。

次に使う機械は、平らな鉄板。ヒーターを搭載しており、触ると熱いので注意してください。

しわがつかないよう、ていねいに貼り付けます。

気温や湿度にもよりますが、5分~10分程度でしっかり乾きます。

4.形を整える

しっかり乾いたら、竹の棒でひっかくようにしてペリペリとはがしていきます。

ピタッとくっついているので、そーっと引っ張りながらはがしていきましょう。

ごわごわとした和紙ならではのさわり心地に感動!

うちわは、骨の両面に和紙をのり付けしていきます。

最後にはさみで形を整えていきます。

はがきはまわりのふわふわとした縁を残しても、手すきの風合いが出ておしゃれ。

どうするか悩みましたが、今回はまわりを少し切って仕上げてみました。

5.完成

手すき和紙でつくるオリジナルのうちわとはがきが完成しました。

初めてでもコツを教えてもらいながら、思ったよりも簡単にチャレンジすることができました。

紙すきは、厚さが均一になっているかどうか気にしながらやってみてください。

モデルとして体験した中石さんに今回の飾りと色づけのポイントを聞くと「春なので淡い色合いに仕上げました。色をぼかすのが思い通りにならなくて難しかったです」とのこと。

どんな色を使おうか、仕上がりを想像する時間もまた楽しめます。

紙の館にはポストがあり、はがきを投函することもできます。

今回体験したのは、初めてチャレンジする人でも上手に仕上げることができる紙すき体験でした。

体験版と違い、本来の和紙づくりは「最初の一年は数枚しか和紙をすけないくらい、技術習得に時間がかかりました」というほど、技術が必要といいます。

神郷地区に伝わる和紙づくりを復興・継承する「神代和紙保存会」の仲田 紗らさ(なかだ さらさ)さん、土屋 俊介(つちや しゅんすけ)さんにお話を聞きました。

技術継承と和紙の魅力を伝えていく 神代和紙保存会 インタビュー

観光施設でもある紙の館を拠点に、昔ながらの製法で和紙づくりに取り組む「神代和紙保存会」の仲田 紗らさ(なかだ さらさ)さん、土屋 俊介(つちや しゅんすけ)さんにインタビュー。

保存会設立の経緯や、和紙づくりの魅力などについて聞きました。

仲田 紗らさ さん(左) 土屋 俊介さん(右)

継承者ひとりから仲間が集い保存会に

──「神代和紙保存会」の設立のいきさつを教えてください。

仲田(敬称略)──

2016年に設立しました。まだ5年なんです。(2021年時点)

奥備中神代和紙の歴史は平安時代にまでさかのぼるといわれていて、紙すきを行なう家が何軒もあったようです。

けれど明治時代、工業化に伴い洋紙が台頭し、このあたりでも和紙の伝統が一度途絶えました。

再興のきっかけは、1991年の紙の館の建設でした。

施設の中で紙すき体験をレクチャーできるよう、今の保存会のメンバーでもある忠田 町子(ちゅうた まちこ)さんをはじめとした当時のスタッフに、新見市高尾で高尾和紙を作るかたが指導してくれたそうです。

もともとは神代から高尾へ紙すきの技術が伝承したといわれているので、逆輸入のようなかたちですね。

忠田 町子さんは紙すきが大好きな85歳。

それをきっかけに、しばらくは伝統技法で紙がすけるのは忠田さんだけでしたが、私たちが教えてもらってだんだん仲間が増えてきました。

伝統を絶やさないためにも神代和紙保存会を設立しました。

紙すきを行なうメンバーのほかに、竹細工で道具をつくるのが得意なかたや、大工さん、広報が得意なかたなど、現在7人で奥備中神代和紙の保存に取り組んでいます。

手のかかる和紙だからこその魅力

──和紙づくりをやってみてどうですか

仲田──

人の手がとてもかかっていることを実感しました。その分、「昔の人は、ここまでして紙を生み出したかったんだな」と感じ、奥深くて楽しいです。

作る工程そのものに無駄がなくて、昔の人から学んでいるような気持ちです。

土屋(敬称略)──

実際にやってみると、厚さを均一にするどころか、よれていない紙をつくるのでさえ難しくて。

最初は、なんでうまくいかないのか、理由がわからなくて苦労しました。

仲田──

私は最初の一年、数枚しかすけなかったですよ。

土屋──

動画を撮って検証もしましたが、昔は動画の技術もなかったから、習得にもっと時間がかかっただろうなと思うとすごいですね。

繊維のムラがある和紙も味わい

──保存会ではどんな活動をしていますか

土屋──

紙すきの活動は、冬の11月から3月に行なっています。

コウゾとミツマタは仕入れたものを使っているのですが、トロロアオイは自分たちで5月に栽培して11月に収穫。根を潰して粘液を採取するところから行なっています。

コウゾとミツマタを煮熟して、冷たい水の中でチリを取り除き、化学物質を使った漂白はなるだけせずに、昔ながらの製法で和紙を作っています。

木の皮を雪の上に広げて置くと、自然と美しい白さが引き出せるんですよ。

和紙の色は経年でも変わる

仲田──

夏の間は、イベントやワークショップを企画しています。最近は商品化にも力を入れています。

伝統を守っていくには、技術習得に加えて、どうやったら使ってもらえるか考えることも大切だと思うからです。使う人がいないと、伝統は途絶えてしまうので。

土屋──

こちらはコーヒーフィルターです。昔ながらの製法で作った和紙は、食品と相性がいいと思い開発しました。

今後も技術習得と同時に、手すき和紙の使い心地よさ、奥深さを知ってもらえるよう、工夫を重ねていきたいです。

おわりに

たくさんの工程を踏み、大切に作られた和紙。一枚一枚、作り手の思いまで伝わってくるようです。

「身のまわりのものは大切に使おう」と、自分の生活を振り返るきっかけになりました。

工業化により「手間がかかるから」と一度は途絶えた手すき和紙の伝統が、その手間まで愛されて復興・継承へ。

今後、どんな商品やイベントが生まれるのか楽しみです。

人の手から生み出す和紙づくりの奥深さを体験しに、紙の館に訪れてみませんか。

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