パーパスを生かして実現するブレない企業経

企業のパーパス(存在意義)を再確認し明文化することで、さまざまなメリットが表れる。一貫した経営姿勢による事業の策定と推進は企業経営そのものを持続可能にするだけでなく、社会の潮流の変遷に合わせた根本的で大きな事業の変革の際にも、経営のアンカー(錨)として機能するだろう。サステナブル・ブランド国際会議2021横浜のセッション「パーパスが作るブレない経営」に登壇したのは、まさにパーパスを生かし、その実現を目指すことで確固とした土台に基づく企業活動を行う、代表的存在とも言える3社だ。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

パネリスト:
濱中 祥子 フィリップ モリス ジャパン エクスターナル アフェアーズ コーポレート サステナビリティ エグゼクティブ
嘉納 未來 ネスレ日本 コーポレートアフェアーズ統括部 執行役員 コーポレートアフェアーズ統括部長
樫村 俊也 竹中工務店 経営企画室 専門役(広報担当)

ファシリテーター:
足立 直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役
サステナブルビジネス・プロデューサー

歴史の中で育まれた企業理念が最新の取り組みにつながる――竹中工務店

経営理念と社是から構成される企業理念
(経営理念)
最良の作品を世に遺し、社会に貢献する
※竹中工務店は手掛けた建築物を「作品」と呼ぶ。

(社是)
・正道を履(ふ)み、信義を重んじ堅実なるべし
・勤勉業に従い職責を全うすべし
・研鑽進歩を計り斯道に貢献すべし
・上下和親し共存共栄を期すべし
※斯道:分野、方面。この道。

竹中工務店は、国内に5社ある売上高1兆円を超える「大手ゼネコン」の一角。東京タワーや東京ドーム、あべのハルカスなど、多くの人になじみ深い建築を施工してきた。同社の場合、社内外に向けて「パーパス」という単語を使ってコミュニケーションを行っているわけではない。しかし、創業からの長い歴史の中で育まれてきた社是と経営理念には、まさにパーパス=存在意義とも言える哲学や思想が表れ、経営の根幹をなしている。

1582年の本能寺の変の後、織田信長の普請奉行だった竹中藤兵衛正高は武家から工匠へと転向し、神社仏閣の造営を生業とした。その後、正高は、清州から名古屋へ都市移転が行われた1610年に名古屋に店を構える。これが竹中工務店の創業年だ。

同社は1971年、「設計に緑を」という標語を掲げ、2009年には環境方針を定めた。2014年には「想いをかたちに 未来へつなぐ」というグループメッセージを策定。同時に「まちづくり総合エンジニアリング企業」という成長戦略を打ち出した。建築を通じた「社会への貢献」から、まちづくりに事業を広げ、背後にある循環や環境問題を考慮するようにと経営は進化しながらも、一貫した姿勢は崩れない。「長い歴史が企業理念につながり、近年の『都市木造』の取り組みにもつながっている」と樫村氏は説明する。

パーパス実現の進捗を数値で示す――フィリップス モリス ジャパン

パーパス
煙のない社会の実現

「紙巻きたばこという、自社が販売してきた製品自体の健康への害に真剣に向き合うことが社会的責任であり、これに対処することが社会における役割だ」――。フィリップ モリスは健康の問題に向き合い、事業を大きく転換している。濱中氏は、同社が打ち出したパーパス「煙のない社会の実現」を紹介し、そう説明する。

同社の現在のミッションは「喫煙の終わりを加速させる」ことだ。そのために、紙巻きたばこと比較して害の少ない、かつそれに代わり得る煙の出ない製品を開発し、科学的に実証し、責任のあるかたちで販売することに経営資源を集中しているという。2020年3月、フィリップ モリス インターナショナル(PMI)はパーパス・ステートメントを発表し、取締役会がパーパスを宣言した。このステートメントではパーパスと商業的成功をどう両立させるかだけでなく、重要なステークホルダーの特定にも言及。さらに、この変革が言葉だけのものではないことをきちんと示すために、その進捗を細かく公表している。

公表データでは、経営資源の分配を煙の出ない製品に向けて大きくシフトしていることのほか、各国市場で煙の出ない製品がどのように普及しているかなどを報告している。同社の売り上げ収益全体のうち、煙が出ない製品が50%を越えている市場は6。そのうちのひとつは日本市場だ。加熱式たばこ製品「IQOS」ユーザーは国内で約600万人と推定され、その中の約440万人は紙巻きたばこから同製品に切り替えたユーザーと推定される。PMIから国内への加熱式たばこ専用スティックの出荷量は年々増え、一方で紙巻きたばこの出荷量は順調には減少しているという。

濱中氏は「1日も早く煙のない社会を実現することは事業戦略であると同時に、サステナビリティの中核だ。この目標を実現するために事業変革に全力で取り組んでいる」と熱を込めて語った。

詳細はフィリップ モリス ジャパンのサステナビリティレポートへ。 

事業を通じた社会課題の解決は全てのブランド、製品で――ネスレ

パーパス
食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます

スイスに本社を置き187カ国で製品を展開、2000を超えるブランドを擁するネスレ。馴染み深い鳥の巣のロゴマークは創業者アンリ・ネスレの家紋からデザインされ、母鳥から小鳥への愛情、ケアリングの精神を表しているという。1687年、同社の製品第一号は、当時の欧州で社会的な問題だった乳幼児の栄養不足に対応する乳製品(現在の粉ミルクに近いもの)だった。

同社のパーパスは「社会に対してどのような影響を与え、なぜ存在するかを明文化したもの」だと嘉納氏は説明した。さらに「個人と家族のために(製品サービスを通じて幸せに)」「コミュニティのために(原材料を製造する農家やサプライチェーン上のビジネスパートナー、社員、バリューチェーンに関わるすべての人が幸せに)」「地球のために(環境への負荷をゼロに)」という3領域で製品づくりを考えているという。

その具体的な手法が「共通価値の創造(CSV)」というわけだ。経済的価値を上げるだけでなく、社会にも価値を創造することで企業としても長期的な視点で成功することを目指す。嘉納氏はネスレにおいて「事業を通じて社会課題を解決することは、すべての製品、ブランドで実行されている」と明言する。

多様な視点でパーパス活用し、ブレない企業活動を実現する

登壇した3社ともに、パーパス、あるいは企業理念が社内に浸透・共有され、製品や作品といったアウトプットに反映されている。しかし気になるのは、コストや具体的な事業との兼ね合いだ。ファシリテーターの足立氏は「パーパスと実際の経営に衝突が起こることはないか」と単刀直入に疑問を投げかけた。

竹中工務店の場合は「建築主の理解が必要だ」と樫村氏。しかし、過去に同社が施工し今も街に遺る作品を見渡し、「葛藤があったはずだが、それを突き抜けたものが残っている。現在進めている都市木造や高層木造は、当然コストがかかる。衝突があったとしても、それを乗り越えたプロジェクトを見てもらえれば、次につながるのではないか」と見方を示した。

フィリップ モリス ジャパンはこの数年で製品自体が大きく変わり、過去に主力だった紙巻きたばこからの脱却を目指すことをパーパスとしている。現場の営業などでは大きな影響はなかったのか。

濱中氏は「紙巻きたばこ市場の縮小を目指しながらも、現在はまだ紙巻きたばこを取り扱っている。しかしパーパスを実現するために、そこで競争力を持つことが重要になる。紙巻きたばこから得る収益が、煙の出ない製品の開発や分析、普及に役立てられるというキャッシュフローがひとつある」と仕組みを解説。さらに、「煙が出ない製品をこれから使っていただきたい方は、今でも紙巻きたばこを喫煙している人だ」と言及。紙巻きたばこを製品のパッケージに入れ込んだメッセージによって、煙が出ない製品への切り替えを促すというように、「既存のインフラとして活用しているという実態がある」と説明した。

足立氏は「パーパスに反する面を単純に対立(コンフリクト)として捉えるのではなく、どう活用してパーパスを体現するか」と多様な視点と方法による模索を評価した。

さらに、パーパスが社内に浸透・共有されるプロセスも重要になる。足立氏のこの問いかけに嘉納氏は、「パーパスを実現するためにはトップマネジメントの強いコミットメントは大事で、具体的、野心的な目標を発信することは、社外だけでなく社内にも大きな影響がある」と話す。その上で、関係者一人ひとりや各市場が自分事化し、野心的な目標をどう達成するかのロードマップをつくるという。足立氏の投げかけた「これからパーパスを策定する企業の場合、何が必要か」という問いに「トップに思いがあることが第一条件だ」と実感を込めて語った。

濱中氏は「一個人として社会を見ても、ひずみが顕在化しているターニングポイントにある」として「従来の型にはまらず、どうしたら社会課題にインパクトを与えることができるか、という発想が今後ますます大事になるのでは」と話し、「変革は商品を変えるだけでなく、バリューチェーン全体のエコシステムをケアしながら興さなければならないという大変さもある。一方で、自社が持っている社会に対する影響力が大きいほど、それを変革できたとき、社会課題解決に具体に貢献できるというエキサイティングな側面もある」とやりがいを語り、同じく企業や社会の変革に取り組む人へとエールを送った。

© 株式会社博展