ファッション業界にもDXの波――デジタル捺染技術で大量生産・大量廃棄をなくせるか?

ファッション・アパレル業界は、世界的に環境負荷や人権などの社会的問題が懸念され、よりサステナブルな事業変革が求められている。特に問題視されるのが大量生産・大量廃棄のいわゆる「ファッションロス」だ。これを解決するソリューションとして期待されているのが「デジタル捺染(なっせん)」技術である。サステナブル・ブランド国際会議2021横浜では、「持続可能なTextileマーケットを実現するデジタル捺染技術 〜インクジェットで世界を変える〜」と題して、デザイン、製造・生産、小売りといったテキスタイル業界のバリューチェーン上の各者が、ファッション業界の今後のあり方について語った。(いからしひろき)

パネリスト:
鷺森 アグリ 株式会社アグリ アートディレクター
居内 久勝 デジナ 営業部 取締役営業部長
吉田 寛子 阪急阪神百貨店 モードファッション商品統括部 バイヤー
丸山 紗恵子 セイコーエプソン プリンティングソリューション事業部 P事業戦略推進部 シニアスタッフ

ファシリテーター:
田中 信康 サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
サンメッセ総合研究所(Sinc) 代表
サンメッセ株式会社
専務執行役員経営企画室長 営業副本部長

ファッション産業のステークホルダーが登壇

ファシリテーターの田中氏によると、ファッション産業は世界の産業中2番目に水を多く消費し、全体の水質汚染原因の約20%を占めるほか、いわゆるファッションロスという深刻な課題を持つ。生産量全体のうち約85%の衣類が毎年埋め立て処分されているという現実は、どう考えても尋常ではない。

世界のアパレル産業を支えるバングラデシュの縫製工場ビルが崩壊し、1000人以上の労働者が亡くなった悲惨な事故をきっかけに、グローバルのファッションの潮流は大量生産・大量廃棄からの脱却へ舵が切られた。しかし、もちろん道半ばである。ファッション業界に山積する課題を、インクジェットプリンターによるデジタル捺染技術で解消できないか――。本セッションのパネリストには、デジタル捺染による新しいファッションづくりに取り組む先駆者たちが集まった。

丸山氏は、精細なグラデーションや微妙な色調の再現でテキスタイル業界に革新をもたらしているセイコーエプソンのインクジェットデジタル捺染印刷機「MonnaLisa(モナリザ)」のプロダクトリーダーとして、国内でプロジェクトを推進してきた人物だ。

デザイナーの鷺森アグリ氏は、コレクション系のブランドを出発点に、さまざまな規模のアパレルブランドでディレクターを歴任。アパレル業界の現状を隅々まで熟知する現役のクリエイターである。保護猫などの社会貢献活動や、脱毛皮や脱レザーなどのエシカルファッションにもいち早く取り組み、ファッション業界の持続可能な改革への意識は非常に高い。

居内氏は、家業の着物屋を継ぐかたちで2000年からネット通販事業を始め、後にインクジェットプリントによる着物の小ロット・注文販売を開始。在庫を持たなくても着物が売れる仕組みと、使いやすいUI(ユーザーインターフェース:顧客との接点)に優れたネットオーダーのシステムにより、2020年はコロナ禍にも関わらず、過去最も売上げが多かったそうだ。

吉田氏は、アパレルのサプライチェーンの中で最も消費者と近い小売部門を代表しての阪急阪神百貨店からの参加。大阪梅田にある本店が2012年に「劇場型百貨店」というコンセプトを掲げ、物を売るだけではなく消費者のUX(ユーザーエクスペリエンス:顧客体験)を高める売場づくりや、サステナビリティの啓蒙活動に取り組んでいる。

登壇したのは、デザイナーの鷺森氏を接点として関係性を持つ人たちである。しかもそれぞれ、デザイナー、メーカー、小売りというアパレルのサプライチェーンを構成する立場だ。事業領域やそれぞれの立場を超えてアパレル関係各社が議論をすることは非常に稀だという。

サステナブル・ブランド国際会議2021横浜に参加した鷺森アグリ氏

デジタルなら多品種、小ロット、高品質なプリントが可能

鷺森氏はこれまでの経験上、「作った服の70%が売れれば御の字、残りの30%はセールにかけられ、売れ残ったら廃棄されるという現実を目の当たりにしてきた」という。「自分ができることは何か」と考え、メーカーであるデジナの居内氏や小売りに携わる吉田氏との接点を求めた。

居内氏も、別の廃棄問題に直面していた。デジナ本社は大阪に所在するが、工場は着物の古くからの産地・新潟県十日町にあり、そこでは老舗着物メーカーの廃業が加速度的に進んでいた。そこで問題になっていたのが「意匠」だ。いわば着物の図柄であるが、着物だけでなく、意匠までもが大量に廃棄されようとしていたのだ。中には明治時代から続いていた工場もあったため、代々の着物の図柄は文化遺産といってもいい。それが打ち捨てられるのは「もったいない」と、全てを譲り受け、スキャンし、デザインデータとして残す活動を始めた。居内氏がデータにした意匠を元に、新しい着物にリデザインしたのが鷺森氏だった。

「プリントだけで着物の凹凸まで表現するのは難しい。そこで最高の技術を持つセイコーエプソンに協力してもらった」(鷺森氏)

この取り組みを、技術面でバックアップしたセイコーエプソンの吉田氏はこう振り返る。

「今回は、ドレスとスカーフと着物2着を作ったが、使用した生地は天然素材のコットンから再生ポリエステルまで11種類、印刷した反物の面積はトータルで35平米だった。こんなにも多種類・小ロットで着物が作れるのだと驚いたのと同事に、これがデジタルで貢献できる部分なのだと強く実感した」 (吉田氏)

この仕組みはオープンソース化が予定されており、そうなれば服づくりにおける作業効率がぐんと上がると期待される。当事者達が環境問題などに目を向ける時間的、精神的な余裕も生まれるだろう。

このような新たな仕組みの普及には、デザイナー、メーカー、小売り、そして消費者を含むステークホルダーが、いかにデジタル化を自分ごとと捉え取り組むかが重要だろう。その先例をセイコーエプソンの丸山氏が語った。

丸山氏が同社内でデジタル捺染を担当し、初めてイタリアに出張した2016年、すでにイタリアでは、同社の最新機種を10台、20台と大量導入している専業者が10社ほどもあったという。なぜイタリアはデジタル化が早いのだろうか。その理由を「グローバリゼーションへの対応」だと丸山氏は話す。アジアから入ってくる安価な生地にどう対応するか──。そのためにイタリアの生地職人達が考えたのは、高級ブランドと密な関係を保つこと。それを可能にしたのが、デジタル捺染による高品質でフレキシブルなテキスタイルワークだった。

「欧州のこの流れを、日本やアジアにもどんどん広げていきたい」(丸山氏)

デジタルによる単なるコピーでは意味がない

廃棄物を削減する上では「作りすぎない」と同時に「リサイクルする」ことも重要だ。その点について、居内氏と鷺森氏はともに「日本はその意識が昔から高い」という。例えば着物は、ほどけばまた一枚の反物に戻る構造だ。

阪急阪神百貨店の吉田氏は、消費者ともっとも近い位置にいることを活かし、不要になった衣類を回収し素材をもう一度作り直す仕組みの構築や、その必要性を「楽しく」伝えることを意識しているという。これに対しセイコーエプソンの丸山氏は「プリントという技術的な部分でサポートしていく」と今後の抱負を語った。

ファッションのリサイクルを進めていくためには「デジタルで複製を作るだけではだめだ」と話したのは鷺森氏だ。例えば鷺森氏は今回の取り組みにおいて古い図柄を使うことに加え、独自に、例えば日没前のいわゆるマジックアワーの色を抽出してデータ化したものをグラデーションでプリントするなど、一工夫を施している。つまり、「プラスワンのクリエティビティ」によって物としてだけでなく、デザインもリサイクルしているというわけだ。

「『サステナブル』には我慢や、使ってきたものをやめなければいけない、色合いも地味というイメージがいまだある。そうした不自由さを、自由な表現ができるデジタルプリントで打破していきたい。さらにデジタルは小規模でもマネタイズしやすいため、誰にでもビジネスチャンスがある」(鷺森氏)

「デジタル捺染を始めて8年。最初は1メートルの生地だけの注文だった人が、いまは100メートルの注文をくれるほどに成長している。消費者のニーズとすごくマッチしていると実感している」(居内氏)

当然ながら、この「デジタル化」のムーブメントを一過性で終わらせてはならない。そこでセイコーエプソンは、次世代のアパレル業界の主役である学生を巻き込んだ取り組みをすでに始めている。先日も文化服装学院の卒業制作をデジタル捺染技術でサポートしたという。「彼らはデジタル捺染プリントを一度も使ったことがなかったが、2カ月もするとよく理解し、私達が想像もつかないような斬新な作品を生み出した」と丸山氏は感動を語る。

当たり前にデジタルを使いこなす、デジタルネイティブな今の学生たち。まさにデジタル技術は、それよって「当たり前のように世界を変える」可能性を秘めている。

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