J・ガイルズ・バンドのリードボーカリストとして知られるピーター・ウルフの渾身のソロアルバム『ミッドナイト・スーベニア』

『Midnight Souvenirs』(’10)/Peter Wolf

ミック・ジャガーやスティーブン・タイラーのようなカリスマ・ヴォーカリスト的存在のピーター・ウルフは、J・ガイルズ・バンドのフロントマンとして「堕ちた天使」の大ヒットもあって、一気にスターダムに駆け上がった。しかし、グループが売れれば売れるほど、自分のやりたい音楽とのギャップを感じるようになり彼はグループを脱退、ソロ活動に専念するようになる。84年にリリースした初のソロアルバム『ライツ・アウト』はミック・ジャガーの参加もあって注目されたが、当時のサウンドプロダクションは打ち込みやチープなシンセが多用されており、今聴くと古臭さが否めない。初期のJ・ガイルズ・バンドのファンはここで追いかけるのをやめた人も少なくないと思う。しかし、21世紀に入って彼はアメリカーナ的なアーティストとして完全に開花した。僕はJ・ガイルズ時代よりも素晴らしいとさえ思う。6thソロアルバム『スリープレス』(’02)はミック&キース、ディランのバックでお馴染みのラリー・キャンベル、J・ガイルズ・バンドの盟友マジック・ディック、アメリカーナ界の重鎮スティーブ・アールらをゲストに迎えて制作され、カントリーやブルースが完全に昇華されたルーツロックの名作と言える作品であった。アメリカーナ専門のインディーズからリリースされたにもかかわらず、ローリングストーン誌のオールタイム500アルバムに選出(427位)されるなど話題となった。今回取り上げる7thソロアルバム『ミッドナイト・スーベニア』(’10)は、その『スリープレス』を上回る傑作で、派手さはないが、楽曲も演奏も文句なしの仕上がりだ。ボストン・ミュージック・アワードでは2010年度の最優秀作に選ばれている。

J・ガイルズ・バンド脱退

マニアックなブルースやR&B;をルーツにしながら、独自のロックスピリットを加味しつつ人気を得たJ・ガイルズ・バンド。1970年にレコードデビューしてからずっと硬派路線を突っ走っていたが、レコード業界の巨大化に伴って利益確保が大命題となり、所属していたアトランティックレコードからの突き上げもあってポップ化路線へと方向転換を図る。皮肉にもその成果が実るのは、アトランティックからEMIアメリカへ移籍後、彼ら初の全米ナンバーワンアルバム『フリーズ・フレイム』(’81)をリリースしてからだ。この成功で、ローリング・ストーンズのワールドツアーのサポートに抜擢され、その大役を2年間務めている。しかし、初期の頃からのJ・ガイルズ・ファンにしてみれば、キャッチーなメロディーラインの「堕ちた天使(原題:Centerfold)」(全米1位)やシンセを使った「フリーズ・フレイム」(全米4位)はその軽さに耐えられなかったのだが、耐えられなかったのはピーター・ウルフも同じだったようで、音楽を始めた原点に立ち返りたいとグループを脱退、ソロシンガーとなる。

折しも、時代はシンセポップやテクノの80年代に突入しており、ロック界でも汗臭い人力演奏より打ち込みのサウンドが重宝された頃だ。リードヴォーカリストを失ったJ・ガイルズ・バンドは、メンバーを補充することなく最後のアルバム『ヒップ・アート(原題:You’re Gettin’ Even While I’m Gettin’ Odd)』(’84)をリリースするものの人気を盛り返せずに解散。1999年に再結成するが、2017年にJ・ガイルズが亡くなってしまい、残念ではあるがグループは永遠に消滅した。ピーター・ウルフのヴォーカル、マジック・ディックのマウスハープとホーン、J・ガイルズのロック魂あふれるギターワーク、セス・ジャストマンのキーボード&ソングライティング、リズム・セクションのダニー・クレイン(Ba)とステファン・ブラッド(Dr)の6人が渾然一体となってはじめて、J・ガイルズ・バンドなのである。

ウルフの相棒、ケニー・ホワイトと ウィル・ジェニングス

ケニー・ホワイトはニューヨークを拠点に活動するシンガーソングライター兼キーボード奏者で、彼のプロデュース作であるショーン・コルヴィンのアルバムがグラミーにノミネートされ名を挙げた。ウルフは4thアルバム『ロングライン』(’96)のリリースツアー時にホワイトと出会い、その才能に惚れ込んで以降は彼と一緒にアルバム制作をスタートさせる。

ソングライティングの面では、90年代初頭から著名な作詞家ウィル・ジェニングス(クラプトンの「ティアーズ・イン・ヘブン」やセリーヌ・ディオンの「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」ジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ「アップ・ウエア・ウィ・ビロング」など大ヒット多数)との共作を始めており、ケニー・ホワイト、ウィル・ジェニングス、ウルフの三者が揃ったのは5thアルバム『フールズ・パレード』(’98)からで、このアルバムがターニングポイントとなり、ピーター・ウルフの音楽性がロックからアメリカーナ的なスタンスに変貌したと言ってもいいだろう。

本作 『ミッドナイト・スーベニア』について

そして、『スリープレス』から8年のブランクを経てリリースされたのが本作『ミッドナイト・スーベニア』である。

収録曲は全部で14曲。捨て曲は1曲もなく、初めから終わりまでいぶし銀のような味わい深い曲が並んでいる。楽曲はジェニングス=ウルフの他、アラン・トゥーサン作が1曲、エアロ・スミスのソングライターとして知られるテイラー・ローズとウルフの共作やチャック・プロフェットとの共作なども収録されている。

サウンド面は、70年代のストーンズやチャック・プロフェット的なテイストも感じられる泥臭いアメリカーナになっていて、特にギターとハモンドB3のプレイは全編にわたって素晴らしい仕上がりを見せている。

バックを務めるのは、前作に引き続き名手ラリー・キャンベル(ギター、ペダルスティール、フィドル)をはじめ、デューク・レヴィン(ソロアルバムを数枚リリースしている敏腕ギタリスト。本作ではマンドラとバンジョーも弾いている)、多くのセッションに参加しているポール・ブライアン(Ba)、ショーン・ペルトン(Dr)、そしてケニー・ホワイトはキーボードの他、ギターやパーカッションも披露している。バックヴォーカルにはジェームス・Dトレイン・ウィリアムス(大物!)を筆頭に、ソウル、ブルース界で活躍する黒人シンガーが数人参加しており、コーラスはかなりの厚みがある。

ゲストヴォーカリストにはシェルビー・リン、ニーコ・ケイス、マール・ハガード(ベイカーズフィールド・カントリーの大物で、ウルフのアイドルのひとり)といったアメリカーナやカントリーのシンガーが参加し、ウルフとデュエットしているのも聴きもの。

なお、本作は全米トップロックアルバム・チャート(ビルボード)で12位まで上昇した。

これだけ出来の良いアルバムが日本盤でリリースされていないのが不思議でならないが、今はスマホやパソコンで簡単に入手できるので興味のある人はぜひ聴いてみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『Midnight Souvenirs』

2010年発表作品

<収録曲>
1. Tragedy / Peter Wolf Featuring Shelby Lynne
2. I Don't Wanna Know
3. Watch Her Move
4. There's Still Time
5. Lying Low
6. The Green Fields Of Summer
7. Thick As Thieves
8. Always Asking For You
9. Then It Leaves Us All Behind
10. Overnight Lows
11. Everything I Do Gonna Be Funky
12. Don't Try To Change Her
13. The Night Comes Down (For Willy DeVille)
14. It's Too Late For Me / Peter Wolf Featuring Merle Haggard

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