老いも若きも外国籍も 多様性受け入れる教室 なぜ今、夜間中学が必要なのか

徳島県立しらさぎ中の校舎。入学式が終わると周囲は暗くなっていた=4月7日、徳島市

 19歳と83歳が同じ教室で学んでいる。4月7日に開校したばかりの徳島県立しらさぎ中(徳島市)は、全国に36校ある公立夜間中学の一つだ。週5日、夕方から始まる授業に年代も国籍もばらばらの生徒が集まる。一般にはあまり知られていないこの学びやの特長は多様性にあり、同質性の高い昼間の中学とは対照的だ。学び直したい高齢者、外国人労働者、不登校だった若者。基礎学力の不足が原因で苦労した人が多い。解決の一助になればと、文部科学省は2017年施行の教育機会確保法に基づき全ての都道府県と20の政令市に夜間中学を少なくとも1校設置するよう促している。夜間中学とはどんな場所で、なぜ必要なのか。現場から報告する。(共同通信=浜谷栄彦)

 ▽芽生えた向学心

徳島県立しらさぎ中に入学した峰祐紀さん=4月7日、徳島市

 「新しい環境になじめる自信がなくて、中学にはほとんど行っていません。今、僕は勉強がしたいです」。清掃の仕事をしている峰祐紀さん(19)=徳島市=は少し緊張した表情でしらさぎ中の入学式に臨んだ。国語や社会といった教科の学習だけでなく、遍路歩きなどの課外活動や生徒会にも「どんどん参加したい」。母の田中京子さん(61)は式典の間、スーツを着た息子の背中をじっと見つめていた。

 香川県に住んでいた祐紀さんは中学2年の終わりに実母を亡くし、里子として京子さんに迎えられた。軽い知的障害があり、特別支援学校の高等部を経て就職した。「祐紀は小さい頃から学校に通っていなかったので常識を知らない面もあります。でも高等部でやる気が出て、自動車の運転免許を取り、就職もできました。学力が付いたら、あの子の人生にとって大きな意味があると思います」

 ▽事情に向き合う

 加藤孝さん(83)=徳島市=は祐紀さんと同じ1年A組の生徒だ。中学時代は「野球漬け」で学業を放棄したことを悔やんでいる。地元紙の記事でしらさぎ中の開校を知り、「勉強すれば俺の人生も開けるんじゃないか」と一念発起して入学を決めた。別のクラスで学ぶフィリピン出身のKISHIMOTO LILIBETH SERAG(キシモト・リリベス・セラッグ)さん(52)=徳島県阿南市=は結婚を機に1999年に来日、看護助手として働いている。「日本語を書けるようになり、自信を手に入れたい」と英語で話した。

入学式に先立ち生徒にあいさつする籔内純一郎教頭=県立しらさぎ中

 しらさぎ中は34人の生徒を迎えてスタートした。「それぞれ抱えている背景が全く違う。どこまで寄り添えるか。われわれ教員の力が大事になる」と籔内純一郎教頭。指導に当たる教員にとって手探りの日々が続く。

 高知県も4月下旬から高知市で夜間中学の運営を始めた。香川県三豊市は22年4月に設置する予定で、これまで空白地だった四国で開校の動きが相次ぐ。文科省によると、札幌市と相模原市も22年4月設置を目指しており、静岡県は23年4月に開校する方針という。

 ▽文科省の方針転換

 夜間中学は正式には中学校の夜間学級を指す。戦後の混乱期に誕生し、学齢期に十分な義務教育を受けられなかった人の受け皿となってきた。近年の生徒は不登校を経験した人や外国人労働者が目立つ。免許を持つ教員が学習指導要領に沿って教える規定だが、弾力的な運用が許されている。文科省によると、2020年1月の調査段階(当時は33校)で生徒約1700人が通い、うち8割を外国籍が占めた。

 夜間中学は現場の教員の熱意で自然発生的に生まれた経緯があり、文科省はかつて設置に消極的だった。ある文部官僚は「完璧な義務教育を施していれば夜間中学は必要ない。そうした建前から、文科省は長年この問題について見て見ぬふりをしてきた」と明かす。年々増え続ける不登校の児童・生徒は20年3月末時点で計18万人を超えた。日本語を話せない外国人労働者は地域社会に溶け込めず、トラブルを抱えることもある。こうした現実を前に、国は対策に本腰を入れるようになった。

夜間中学の推移(2020年4月現在。その後、しらさぎ中など2校が開校した)

 ▽歴史を背負って

 夜間中学には日本の現代史を背負わされたような人も在籍する。奈良市立春日中に通う奥山朋子さん(77)は「私はモンゴルの子として育てられました」と言う。旧満州に家族と生活していたが、敗戦直後の混乱で母やきょうだいは命を落とし、父と生き別れる。遊牧民に助けられた奥山さんは中国の内モンゴル自治区で育ち、現地の男性と結婚。2000年、夫や次男夫婦とともに日本で暮らし始めたが、祖国の言葉が分からず疎外感を味わった。「今は日本語が話せるようになって楽しい」と笑う。

 方程式を教えていた20代の男性講師は「奥山さんを見ていると、勉強は役に立つか立たないかよりも、知りたいという好奇心こそ大事なのかなと思う。僕も頑張らなあかんという気持ちになる」。困難をくぐり抜けてきた生徒と向き合う時間は、若い教員に大きな刺激を与えているようだ。

奥山朋子さん=2019年12月、奈良市立春日中

 「刑務所の中にも、出所後に夜間中学で勉強したいと望む人がいる」と話すのは、高松刑務所で教誨(きょうかい)師を務める僧侶の上野忠昭さん(65)だ。数学の教員免許を持っており、受刑者に月2回算数を教えている。買い物で簡単な計算ができず逃げた人、文字が読めないことから生活保護を申請できなかった人…。刑務官を通じて多くの受刑者が学力に課題を抱えていることを知り、香川県に夜間中学を設置するよう訴えてきた。

 ▽問われる教育

 全国を見渡すと、東北や九州など公立夜間中学の空白地が目立つ。文科省の掛け声とはうらはらに設置が加速しているとは言いがたい。開校に消極的な自治体はしばしばニーズ調査の結果を材料に「必要性は薄い」と主張する。夜間中学をつくったものの生徒が集まらず、税金の無駄遣いと批判されることを恐れる自治体もある。

 こうした傾向に対し、しらさぎ中の籔内教頭は「文字の読めない人や、苦境に置かれている人が声を上げられるだろうか」とニーズ調査の限界を指摘する。三豊市の山下昭史市長も「学びたい人のために門戸を開いておくことが重要だ」と強調した。

 岡山市の公立中学教諭、城之内庸仁さんは17年から週末に「自主夜間中学」を開いている。寄付金とボランティア頼みの運営には限界があり、市教委に公立夜間中学をつくるよう求めてきた。設置が進まない背景には教育現場の忙しさもあるといい、特に20年春以降は新型コロナウイルス感染拡大の影響で教員は生徒と保護者への対応に神経をすり減らしている。夜間中学について検討する余裕はなさそうだ。

 公教育は何のためにあるのか。高松刑務所で受刑者に算数を教える前出の上野さんは「学びは生きる力につながる。既存のシステムからこぼれ落ちた人を拾い上げる仕組みがあれば世の中はもっと良くなる」と話す。多様な生徒が集まる夜間中学の拡大は、教育水準の底上げにとどまらず、日本社会に異質な存在を受け入れる寛容さも育むはずだ。

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