戦前日本の亡国の病、コロナの陰で世界の脅威に

予防接種や早期発見で痛手、ケニアから報告

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 「新型コロナウイルスの感染判明が世界で100万人突破」「日本政府が全国に初の『緊急事態宣言』」―。昨年4月の出来事だ。この時期はパンデミック(世界的大流行)がいよいよ本格化、1年を振り返れば新型コロナは常にニュースの中心だった。しかしその陰で、戦前の日本で多くの人命を奪い「亡国の病」と恐れられたある感染症の脅威がじわじわ高まっている。結核だ。今も途上国を中心に深刻な病気だが、新型コロナによる医療現場の混乱で早期発見や予防接種の普及が困難になっている。世界保健機関(WHO)は患者の急増を予測。どこかの国でまん延すれば人の移動で世界中に広がる恐れが高まっており、日本も対岸の火事ではない。途上国の医療現場はどうなっているのか。アフリカ東部ケニアを例に実情を報告する。(共同通信=菊池太典)

 ▽接種漏れ続々?

 首都ナイロビにあるケニア最大のスラム、キベラに隣接する「ランガタ・ヘルスセンター」。3月中旬にここで誕生したマンディ君はその翌日、薄明るい蛍光灯に照らされたベッドの上で、恐らく2日間の人生の中で一番の痛みを左腕に感じることとなった。

母親のルーシーさんに抱かれ、BCGの予防接種を受けるマンディ君=3月17日、ナイロビ(共同)

 「にー、にー」。その瞬間にか細い泣き声を上げた新生児の目はまだぼやけていたに違いない。もし彼の視界がはっきりしたものだったなら、そこにはほっとして笑みを浮かべる母親のルーシーさん(30)の優しい顔が映ったことだろう。

 マンディ君が感じた痛みは結核を予防するBCGワクチンの注射だ。日本でおなじみの「はんこ型」ではなく通常の注射針での接種だが、乳幼児の結核感染を高確率で防いでくれる。

ランガタ・ヘルスセンターの建物=3月15日、ナイロビ(共同)

 建物の外壁にはそこかしこに黒ずみが目立つ。粗末なつくりではあるものの、公的補助で医療の無償提供が可能とあって、センターは低所得層の健康を支えている。午前9時を回ると診療や予防接種を目的に住民が続々とやってきた。待合室はすぐに満杯となりほこりっぽい廊下まで人が列をなす。

予防接種の順番を待つランガタ・ヘルスセンターの来訪者=3月15日、ナイロビ(共同)

 「やっとみんな戻ってきた」。マンディ君の注射を担当した看護師エリザベスさんは忙しく動き回りながらも声が明るい。

 新型コロナ流行が顕著になり始めた昨年春からしばらくは来訪者が激減した。センターで感染が広がっているとの根拠の乏しいうわさが巡ったことが原因だ。

 妊婦の多くはセンターではなく自宅での出産を選択し、赤ちゃんの予防接種歴の把握が難しくなった。「腕の注射痕を確かめるか親のあやふやな記憶に頼るしかない」。エリザベスさんは、この間にBCGの打ち漏らしが随分と出てしまっただろうと心配する。

 コロナ禍での結核医療は、予防接種にとどまらず、早期発見の面でも大きな痛手を負った恐れがある。検査担当の看護師ドリーンさんは「かなり重くなってから結核と判明する患者が増えている」と明かした。

ランガタ・ヘルスセンターの結核患者の記録を調べるドリーンさん=3月17日、ナイロビ(共同)

 結核は従来、症状がある程度進んでせきが出始めたのをきっかけに発見されるケースが多かった。だが、せきは新型コロナ感染症でも典型的な症状。新型コロナとの診断を受ければ地域で“村八分”になると恐れた患者が、診療をためらったことが原因ではないかとドリーンさんは推測する。

 センターでの結核の新規患者数は昨年2月がゼロだったが、今年2月は6人に。データを継続的に追わなければ傾向は分からないものの気にせざるを得ない数字だ。「これからさらに増えるかもしれない」。ドリーンさんはスケッチブック大の記録帳を目で追いつつ暗い表情を見せた。

ランガタ・ヘルスセンターで診療の順番を待つ来訪者=3月17日、ナイロビ(共同)

 ▽「半分サイズの家」は無理

 結核は結核菌によって発症し、患者のせきなどで感染が広がる。呼吸困難を経て死に至る病気で、戦後しばらくは日本人の死亡原因の第1位だった。その後はBCGや抗生物質の普及、生活水準の向上のおかげで国内患者が激減した。

 では世界の状況はどうだろうか。結核撲滅を目指し各国政府や民間機関などが出資する「ストップ結核パートナーシップ」(本部・スイス西部ジュネーブ)のルチカ・ディティウ事務局長に説明してもらった。

ストップ結核パートナーシップのディティウ事務局長=20年12月(同団体提供・共同)

 〈日本人にとって結核のイメージは「昔の怖い病気」だと思います〉

 それは現実とは異なります。結核は世界で年約1千万人に感染、140万人を死亡させている病気で、エイズやマラリアと並ぶ「世界三大感染症」の一つです。特に衛生環境に問題を抱える国にとっては大きな脅威で、低所得国での2019年の死亡原因を見ると結核は第8位でした。

 〈新型コロナの流行は世界の結核対策にどう影響していますか〉

 十分な資金が集まりにくくなっていると感じます。近年は結核撲滅への機運が高まり、18年の国連での会合では、22年までに感染の早期発見や治療などの対策に年130億ドル(約1兆4千億円)を調達できるようにするとの政治宣言が出されました。しかし各国政府は自国での新型コロナ対策に巨額を投じる必要が生じ、結核対策に力を注ぐ余裕がなくなってしまったようです。20年に調達できたのは目標額の半分の65億ドルにとどまりました。

 とても深刻な状況です。さまざまな政府や民間、医療機関が複雑に関与する結核対策にとって、予算と実際の資金との大きな隔たりは全体のストップにつながりかねません。これは家を建てることに似ています。設計図ができた後、使える資金が予定の半分になったからといって「仕方ない。半分サイズの家を建てよう」とはなりませんよね。建設自体が頓挫することになります。

 〈WHOは20年の結核による死者が世界全体で前年比20万~40万人増と推計しています。今後どれくらい深刻化するのでしょうか〉

 具体的な数字はまだ言えません。20年の実際の死者数統計がまとまるのもしばらく先のこととなるでしょう。新型コロナ対策で手洗いが普及するといった、結核予防にとって明るい変化もありました。ただ資金不足が続けばやはり結核のリスクは増大していくことでしょう。新型コロナへの集中は仕方のない面がありますが、日本の皆さんには結核への関心を持ち続けてほしいと願います。