辺見庸が語る「時代の正体」

 「1強状態」の安倍政権が私たちの住む国の根本である憲法を変えようとしている。政治家の言葉がますます荒くなる中、そうした声への批判を自ら規制するような空気が今、醸成されてはいないか。現在、一体何か起きているのだろうか。作家・辺見庸さんは、近著「1★9★3★7」で、主体性を欠き、大勢に流されやすい日本人の底流にあるものを見つめ、深い問いを発した。

 「1★9★3★7(イクミナ)」は、日中戦争に突入し、南京大虐殺が起きた1937年に焦点を当てる。「イクミナ」は「征くみな」でもある。

 同書は、いかに人々がやすやすと考えを変え、動員され、戦争に向かったのかをあぶり出す。

 辺見さんは、父が立った中国での戦場に自身を据えて、何度も自らに問う。「果たしてお前なら殺さなかったのか」 辺見さんは言う。「もし今後、そのような場面が来たら、問いを立てたい。自分の身ぶり、そぶり、立ち居振る舞いが歴史の中でどう見つめられるのか」 安倍政権はいよいよ憲法改正に前のめりだ。

 「戦争法(安保法)が通り、今、9条は瀕死(ひんし)の状態にある。生前葬が済んでしまっていると言ってもいい」 「1★9★3★7」で、辺見さんは政治学者・丸山真男の言葉を引いている。〈これだけの大戦争を起しながら、我こそ戦争を起したという意識がこれまでの所、どこにも見当たらないのである。何となく何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入したというこの驚くべき事態は何を意味するか〉 辺見さんは思う。99年成立の周辺事態法、国旗・国歌法、通信傍受(盗聴)法、2003年成立の有事法制。14年施行の特定秘密保護法。ずるずると、法は通った。

 そして今。

 「現行憲法は事実上かなぐり捨てられ、歴史的な大転換期にある。それなのにまた、社会を土台から揺り動かすような抵抗も悲嘆もない。またも、ずるずると何物かに身を任せてしまっているのではないか」

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