日本の大学45校が中国「国防七大学」と協定|長尾たかし 日本の国公私立大学計45校が、中国人民解放軍と関係が深く、軍事関連技術研究を行う国防七大学と大学間交流協定を結んでおり、うち9校は共同研究の実績があるという。懸念される技術流出と軍事転用。スパイ防止法がない日本の危機だ!

日本の国公私立大学45校が中国人民解放軍と関係が深い

2020年4月に発表された日本学生支援機構の調査によると、日本にいる外国人留学生の数は2019年5月1日時点で、31万2214人。もっとも多い国は中国で12万4436人、前年比で9486人増えています。ちなみに2位のベトナムが7万3389人ですから、中国が断トツと言えます。

そういう状況のなかで、日本の国公私立大学計45校が、中国人民解放軍と関係が深く、軍事関連技術研究を行う国防七大学と大学間交流協定を結んでおり、うち9校は共同研究の実績があるというのは大問題です。

中国の国防七大学とは、北京航空航天大学、北京理工大学、哈爾濱工業大学、哈爾濱工程大学、南京航空航天大学、南京理工大学、西北工業大学のことです。

この七校は「国防七子」と呼ばれており、防衛産業を統括する中国の国家国防科技工業局の管轄下になります。この上にあるのは国務院で、関連する国家中央軍事委員会の二つの部署が、米中貿易戦争で中国側がアメリカを規制するために制定した輸出管理法の大元締めです。

つまり、国防七大学は教育機関というよりも、中国政府および中国軍と完全に一体化した研究機関なのです。

たとえば哈爾濱工業大学の国防関連の研究費は年間4億6900万豪ドル(約390億円)、これはオーストラリアの防衛省の科学技術予算に匹敵する額です。一大学でそれほど莫大な費用をかけて国防関連の研究をしている点は看過できません。

七大学の卒業生の30%弱の1万人以上が、中国の防衛研究部門に就職。それ以外でも軍艦、軍備、軍用電子機器を専門とする複合企業、つまりファーウェイやZTEといった企業に就職しているようです。

当然、人民解放軍の装備開発にもかかわっていて、そのうち北京航空航天大学と哈爾濱工業大学、西北工業大学の3校は大量破壊兵器開発に技術を転用される虞れがあるとして、経済産業省の「外国ユーザーリスト」に掲載されています。ちなみに、中国ではその他に65機関がリスト入りしています。

原則交流禁止なのに、なし崩し的に行われている

経産省はかなり前から「国防七子」について把握しており、日本の大学側に注意喚起をして、機微技術が留学生によって流出しないように輸出管理担当部署の設置を指示していました。しかし、作成はしているけれどそれが機能しているかどうかは別問題で、現状の運用では流出防止が担保されていないのです。

文科省も、経産省の「外国ユーザーリスト」を受けて作成した交流協定のガイドラインに、こう記しています。

《学術交流協定の締結予定先が、輸出貿易管理令別表第四に掲げる懸念国所在、あるいは経済産業省指定のユーザーリストに掲載されている懸念される大学・懸念機関の場合は、原則として交流協定を締結してはならない。 但し、特段の必要性あるいは疑義等がある場合は、輸出管理部局等責任者経由で国際交流担当副学長および、交流協定の内容に応じて研究担当副学長または教育担当副学長の双方、あるいはいずれかに安全保障輸出管理について相談の上、輸出管理統括責任者に諮問を行うこと》

書いてあるとおり、「ユーザーリストに掲載されている」大学との交流は原則禁止ではあるけれど、後段にあるように「必要性などがあるのならばよい」という形になっているため、実際には交流がなし崩し的に行われているわけです。

文科省のオープンデータによると、大学間交流協定でどこの大学がどこの大学に学生をどれだけ送り出し、受け入れているのかは表1のようになります(平成29年度)。

この数字は留学生だけでなく、短期留学生やイベント参加などの一時留学生も含まれているので、長期にわたって日本で学んでいる留学生がどれくらいいるかははっきりしません。

また、共同研究がどのような内容のものなのか、機微技術がどれだけアクセスされていたのかといった詳細も把握できていません。詳細は調査中です。

経済安全保障の問題だ!

中国の軍産複合体制には警戒が必要です。2017年に中央軍民融合発展委員会が新たに設立されたあと、18年には「軍民融合戦略綱要」が決定されました。この戦略の 「主要課題」の冒頭では、次のように記載されています。

《海洋・宇宙・サイバー空間等の分野での軍備融合発展の推進に力をいれ、科学技術・経済・軍事において機先を制して有利な地位を占め、将来の戦争の主導権を奪取する》(傍線・筆者)

中国国内の一般大学に協力を要請し、海外の大学に学生を留学させて情報や研究成果を取ってきてもらい、それによって中国が軍事的に優位に立つぞ、と宣言しているのです。

今回の件は、「学問の自由」にかかわる話ではありません。経済安全保障の問題です。経済安全保障とは、経済と国家の安全保障をこれまで以上に強く結びつけて、それを守る考えのことです。この言葉は2年ほど前までは今日ほど当たり前に使われていない概念でしたが、トランプ大統領による国防権限法からクローズアップされ、いまでは大きな焦点になっています。

中国という特定の名前を出したくない議員への配慮か

しかしながら、日本には機密を盗んでも罰するスパイ防止法がなく、現状対応できる法律は外国為替管理法だけです。「規制対象貨物を輸出しようとした際」 「規制対象技術を提供しようとする際」に、外為法に基づき経産大臣の許可の取得が必要になり、それを破っているかどうかであって、それ以外には禁止する枠組みがありません。つまり、留学生がスパイ行為を働いたとしても、それを取り締まる法律がないのです。

もちろん大学側も留学生の入学希望の申請書を作成し、危うい人物がいないかを精査していますが、しかしそもそもそこにを書かれてしまえば確かめようがなく、また嘘だと判明してもスパイ防止法がないため大学の判断に委ねられる。

私が副代表をしている「日本の尊厳と国益を護る会」では、スパイ防止法の必要性を議論しています。「妙な一部の国民感情」に配慮するならば、「スパイ」という言葉を別の言葉に替えてもいい。とにかく、知的財産、機微技術の流出を防止する法律が必要です。逆に言えば、いまは絶好の機会とも言えるわけです。

自民党政調会で立ち上がった甘利明先生が座長を務める「新国際秩序創造戦略本部」では、経済安全保障の議論を進めています。ただ不思議なことに、米中貿易問題に触れたり、サプライチェーンの再構築から特定の国家に依存しないようにするために云々という話にはなるのですが、中国や国防動員法、中華人民共和国サイバーセキュリティ法など、考慮すべき中国という特定国家の脅威についての具体的な固有名詞を使っての議論にたどり着かない。

中国という特定の名前を出したくない方々への配慮なのでしょうか? しかし、経済安全保障での一番のネックが中国であることは共通認識のはずです。何も全面的に対決せよと言いたいのではありませんが、具体的な国や法律が対象になってこそ、具体的な対応策を考えられるはず。もう少し議論を進めるためにも、早々に特定的議論をしてほしいと思わずにはいられません。

米国企業との取引を打ち切られるリスク

私がこの中国の大学との交流や共同研究についての件を知ったのは、古い支援者のAさんから聞いた1年ほど前のことです。この方は国内外でM&Aなどの仕事をやっている方で、ある調べものをしていて、このことに気づいたようです。

2018年8月にアメリカで成立した国防権限法は、中国に情報、技術が流出するのを防ぐため、輸出規制を強化したり、対米投資の審査を厳しくする対中強硬策を盛り込んだ法案です。中国も国防権限法へのカウンターとして、安全保障にかかわる製品などの輸出規制を強化する輸出管理法が2020年12月に施行されました。

一般的にはどちらも米中貿易戦争にかかわるものであって、日本は影響がないと思われそうですが、中国に進出している企業にとっては、以前からある国防動員法やサイバーセキュリティ法に続き、大きなリスクになります。

たとえば中国に工場を持っていたとして、国防動員法が発令されたら全て中国に強制接収されてしまう。そのリスクを企業は有価証券報告書に書かなければならない。上場企業はこのリスクをきちんと理解しているのか、報告書に記載しているのか──Aさんはその点を調べていたのですが、その流れで日本の大学と中国の大学、「国防七子」との交流協定に気づいたそうです。

事態はさらに複雑化しています。たとえば日中が共同研究して開発した技術を日本の製品に使った場合、それは輸出管理法の対象となります。その企業がすでに米国企業と取引があり、この中国との取引を継続した場合、米国企業との取引を打ち切られるリスクもあるのです。

大量破壊兵器やミサイルなどの不拡散を防止するために企業の輸出管理の支援を行っている一般財団法人・安全保障貿易情報センター(CISTEC)には、アメリカと中国、それぞれのリスクの板挟みになっているという相談がかなり多いそうです。つまり企業側もリスクは理解しているが、中国離れをするという行動に踏み切れていないというのが現状。しかし現実には、米中両国企業と取引する際、全てにおいてそれはできない。新たなリスク管理の構築を突き付けられているのです。

政府に勇気と目利きがない

もう一つ問題があります。先に示した中国の大学に対する文科省や経産省の対応は甘いものに見えるかもしれませんし、大学をけしからんと思う方はいるかもしれません。しかし、文科省や経産省は形式的にせよやるべきことはやっている。また、大学は少子化社会のなかで何とかやっていくために留学生は大事な存在でしょう。企業も自社の利益のためにいろいろと判断をしている。

そうなると大事なのは、政治が法律や枠組みを作り、どうすべきかの方向をきちんと見つけて提示することなのです。

学術会議任命拒否から話題になった「千人計画」でもそうです。『週刊新潮』の4週連続の特集記事には「千人計画」で招聘された学者たちの話が掲載されていましたが、たとえば北京航空航天大学で教授をしている東京大学名誉教授の土井正男氏はこう言っています。

「東大は辞めても名誉教授という肩書しかくれませんでしたが、北京の大学は東大時代と同じポストで、待遇も少し多いくらい用意してくれました。普段は学生相手に講義をしなくてもよいし、日本の公的な科学研究費(科研費)にあたる『競争的資金』にもあたりました。私は中国語を書くことができないので、申請書類は准教授が代わりに出してくれました。日本では科研費をどうやって取るのかで皆が汲々としている。そういう意味ではまるで楽園ですね。面倒なことをやらずに学問に没頭できて本当に幸せです」

つまり、多くの学者にとって日本で定年を迎えて研究する場を失ったところに中国から研究する場と費用を出すと誘われた、だから行った──というのが実態なのです。

学者にとっては、国益よりも自らの研究のほうが大事。いい悪いではなく、学者とはそういうものでしょう。だからこそ、様々な画期的なものが生まれていくわけですから。

また、大学院に進む日本の大学生が減少している状況も、欧米や中国の大学では理系大学院生なら政府から生活給与を受けている人がほとんどであるのに対して、日本では大学が特別なプロジェクトを一時的に組んでいる場合に短期間の生活給与が期待できる場合もありますが、ごくひと握りですから当然と言えます。奨学金制度も生活費には足りず、授業料で消えてしまう。

さらに、かつては国公立の大学教員は公務員でしたから、一度職を持てば定年まで身分保障がありましたが、04年に国立大学が法人化されて以降、短期的に成果の上がる研究を繰り返すことを余儀なくされ、身分は不安定で、時間のかかる深い研究ができなくなってしまいました。

問題は、日本が研究者にとって魅力的な研究環境を提供できていないことにある。日本政府がもっと研究という分野にお金を出さなければいけない、ということです。将来的に役に立つかどうか、海のものとも山のものともつかない研究にも資金を出す。研究開発費にバーンと投じる勇気と目利きが、いまの日本政府にはない。

留学生の件と同じように、政治がきちんと仕組みを作らなければいけません。ようやくいま、総合科学技術・イノベーション会議でそういった議論がされています。遅きに失していますが、何とか挽回していきたいと思います。

いずれにしろ、日本の大学と「中国国防七子」との交流、共同研究が明るみに出たことは、親中派、あるいはその背後にあるかもしれない中国共産党にとって好ましくない事態でしょう。ですから、必ず抜け道を探るか、報復するかしてきます。それに対する日本の覚悟がいま、求められているのです。私は徹底的に戦います。(初出:月刊『Hanada』2021年2月号)

長尾たかし

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