今週の1本 Five Easy Pieces

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


僕がまだ高校生だった頃、名古屋に「シネマA」という映画館があった。気を遣って名前を伏せているのではなくて本当に「シネマA」という名前の名画座だった。1980年代当時、映画の入場料が1100円ぐらいの頃にシネマAでは一昔前の名作や芸術性の高いヨーロッパ映画なんかを入場料400円ぐらいで上映していた。 140人収容の小さな箱は都心のビルの地下にあり、湿度が高くて床からはコンクリートの冷たさが伝わってきた。非常口を示すレトロなランプ、重く埃っぽいカーテン、薄暗い館内の照明。入場料が安いので昼間からウイスキーの小瓶を飲みながら映画も見ずに寝ているおじさんもいた。

「シネマA」で出会った作品

このシネマAには学生時代を通してずいぶん通い詰めた。友達と連れ立って見に行った記憶はほとんどなくいつも一人で見に行った。

この映画館でその後の僕の人生を形づけた大切な作品にたくさん出会った。 アメリカン・ニューシネマ(American New Wave)と呼ばれた1960年代後半から70年代中盤までのアメリカ映画を一人でずいぶん見た。「イージー・ライダー」、「ミッドナイト・カウボーイ」、「カッコーの巣の上で」、そしてこの作品「ファイブ・イージー・ピーセス」。

今でも映画を見終わって映画館を出た時の感覚を覚えている。ハリウッド映画や日本映画のアクション娯楽作品を見た後のスッキリ爽快な感覚ではない。シネマAを出るときはいつもどこか寂しさを引きずっていた。「これから僕はどこに向かっていくんだろう?」。そんな漠然とした不安や疑問を抱えていた。シネマAで見た映画は決してハッピーエンドで終わらなかったからだろう。それらの映画の数々はいつも屈折して不条理で懐疑的で、社会の矛盾に対する怒りや無力感に満ち溢れていた。

つきまとう終焉の影

今でも「ファイブ・イージー・ピーセス」を見終わって、暗くなった冬の名古屋の街を歩いた時のことを覚えている。この映画につきまとう影は「終焉(えん)」である。刹那的な情熱を傾けた時代の終焉、世界は変わると信じていた祭りの終焉。失望と不安を抱えたまま過酷な現実の人生を生き続けなければいけない悲しみにこの映画は満ち溢れている。

この映画のあまりにも寂しいラストシーンは、僕の心に永遠の隙間風を残していった。

ジャック・ニコルソンは今では誰も知らない人はいないムービースターだが、僕はこの頃の彼が一番好きだ。「イージー・ライダー」で主人公のヒッピーと意気投合するアル中の弁護士ハンセン、「カッコーの巣の上で」でのどん底から無情な社会を力ずくで持ち上げようともがく精神病院の患者マクマーフィー。彼の演じた男たちは、大人の事情でベトナムで次々と殺されていった不条理な時代の若者たちの叫び声そのもののような生命力に溢れていた。

そんな彼もここ数年はスクリーンから遠ざかっている。最近のインタビューで「もう情熱がないんだ」と発言したと聞く。84歳になるムービースターをそっとしておいてあげたい気持ちもある。

風のうわさで、シネマAのあった名古屋のビルは取り壊されて高層マンションが建ったそうだ。時代は一つずつ確実に終焉を迎えている。

今週の1本

Five Easy Pieces (邦題: ファイブ・イージー・ピーセス)

公開: 1970年 監督: ボブ・ラフェルソン 音楽: タミー・ウィネット 出演: ジャック・ニコルソン、カレン・ブラック 配信: Amazon Prime、Apple TV他 石油採掘場で無気力に働くボビーは、裕福な音楽一家の出身。ある日恋人が妊娠し、帰郷を決心する。 苦悩を抱えた男の空虚な生きざまを描いた作品。

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。 ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。 短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。 短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀脚本賞を受賞。 俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。 現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。 facebook.com/theapologizers

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