「ある意味『楽』かもしれない。でも…」 長崎ペーロン選手権2年連続中止 コロナ禍が奪うものは

© 株式会社長崎新聞社

地域住民らの支援を受けて新調され、2019年大会を制したペーロン船(下)と練習船を見詰める(右から)熊本さんと山崎さん=長崎市野母町

 「普通の年」であれば長崎市野母崎地区の海には、ペーロン船の太鼓の音が夜更けまで響いている。
 早春から、学生も大人も一緒になって船をこいで練習に汗を流す。子どもたちも岸壁や伴走船でその光景を見詰め、「いつか自分も」と思いをはせる。
 地域にとって、ペーロンは単なるレースではない。それは文化であり、人々の絆そのものだ。
 山崎聡監督(48)がため息をつく。「ペーロンがなければ、地域の力は確実に落ちていく」
 16チームが出場した2019年夏の「長崎ペーロン選手権」で、頂点に立った野母崎地区。新型コロナウイルス感染防止のため、選手権は昨年に続き、今年も中止が決まった。
 キャプテンの熊本拓二さん(38)は昨年、この30年で初めて「ペーロンのない1年」を過ごした。それまで毎年練習で顔を合わせていたのに、一度も会わなかった人もいた。
 学校帰りや仕事終わりの練習はつらい。ただ、それを上回って余りある喜びや達成感がある。それが人々を引きつけ、地域に活力を生んできた。「ペーロンのない生活はある意味『楽』かもしれない。でもそれでいいのか…」。熊本さんは危惧する。
 地元の援助を受けて新調された船は、今年も倉庫に眠ったままだ。
◆ ◆ ◆ 
 長引くコロナ禍。長崎のペーロンをはじめ、さまざまなイベントや伝統行事が「2年連続中止」を強いられている。コロナが奪っていくもの、コロナでも守らなければならないものは何なのか。関係者の葛藤と模索を追った。

◎技術の継承 途切れる 現実見据え根本的な見直しを

 4月下旬、長崎市内のペーロン関係者が顔をそろえた会議。夏の「長崎ペーロン選手権」は、2年連続の中止が決まった。

◆空白期間に
 出席した茂木ペーロン保存会の新田明久会長(58)は落胆した。地区大会の開催有無を尋ねる事前アンケートで茂木は唯一「開催」を選んだが、「茂木だけやるとは言えない雰囲気」だった。
 仮に開催する場合には、感染対策の具体例が大会事務局から示されていた。「(船上で)人と人の間隔は1メートル以上」「選手の声出し抑制」…。どれも現実的ではなかった。
 新田会長は、コロナの感染状況が落ち着いて選手権が再開された時、選手が集まるかどうかを心配している。「1回離れると、人はついてこない」。新田会長には苦い経験がある。
 茂木地区はかつて30年近く選手権から遠のいていた時期があったが、2004年、新田会長ら有志が保存会を設立。それを機に再出場を果たした。ただ、30年近い空白期間に人も金も離れ、保存会の活動費は10年以上、会員の手出し。寄付金など地元の協力が戻ってきたのは、ここ数年のことだ。
 そんな中で決定した2年連続の選手権中止。新田会長は頭を抱える。「選手は地区内だけで集まらないため、茂木在住や出身ではない仲間も加えてチームを維持する。せっかく集まった人も『もうよか』とまた離れてしまう」

新型コロナ禍前の2019年7月、大勢の観客が見守る決勝で熱戦を繰り広げる選手たち=長崎港

◆経験できず
 事務局によると、大会は1977年に始まり、ピークの2000年には全部門で70チーム(一般29、職域18、女性9、中学14)が出場した。しかし19年は計36チーム(一般16、職域10、女性5、中学5)とほぼ半減。どのチームも選手集めに四苦八苦している。
 「合併」に活路を見いだす動きもある。11年、互いにライバルだった手熊、柿泊、小江の3地区が手を組み、「福田西部地区」を結成。女性部門で19年まで5連覇を果たすほどに力を付けたが、ここにも「2年連続中止」が影を落とす。
 女性チームは高校生が主力。同地区では男女混合の中学生部門に出場した女子が、高校生になって女性チームに加わる形が定着していた。しかし2年間試合がないことで、現中学1、2年生はペーロンをほぼ経験していない。和倉欣也監督(55)は「技術の継承が途切れてしまう」と厳しい表情を浮かべる。

◆できる方法
 和倉監督は中止が決まった4月の関係者会議でこう提案した。「ペーロンの危機は昨日、今日に始まったわけではない。単に中止にするだけでなく、現場や外部の企業、医療関係者などの声も聞き、今後の開催や継承の在り方について検討する場が必要だ」
 チームをつくるため地区の割り振りを見直したり、選手権に競争以外の「体験」や「楽しさ」を重視した部門を設けて参加者を増やしたり…。和倉監督はどれも簡単ではないと理解しつつ「現実を見据え、問題を一つずつクリアしていく根本的な見直しが必要」と訴える。
 コロナは危機を連れてきたが、その中で何をすべきか、何ができるのかを考える機会ももたらした。
 「コロナ前の常識は通用しない。さまざまな伝統行事が中止になる中、ペーロンが『これならできる』という方法を見つければ、他の祭りにも『うちも知恵を出そう』という雰囲気が生まれるのではないか」。和倉監督はそう思っている。