激動の時代を「生き抜く力」を、子どもたちにどう身につけさせるか:教員と企業が囲むCamp Fire

学校現場で日々子どもたちと接する教員に、それぞれのパーパス(存在意義)に基づいて社会課題の解決に挑む最先端の企業の動きについて知ってもらい、ESD(Education for Sustainable Development)と呼ばれる「持続可能な開発のための教育」を小学校から中学校、高校、そして大学、社会人へと引き継いでいくことの重要性を確認しようというフォーラムが、サステナブル・ブランド国際会議2021横浜で、「教員と企業が囲むCamp Fire」と銘打って開かれた。昨年に続いて2回目で、今年最大のテーマは、子どもたちにこれからの社会を「生き抜く力」をどう身につけさせるか。そして、学校と企業、地域が垣根を超えて交流し、SDGsを共通言語に同じ思いで未来を切り拓いていくにはどうすればよいのか、といったことが話し合われた。(廣末智子)

ファシリテーター:
岡山 慶子 朝日エル 会長
パネリスト:
今田 誠 日本旅行 営業企画本部 法人営業統括本部 事業戦略推進部 教育旅行部 チーフマネージャー
角田 佑介 三井不動産 人事部 人材開発グループ 主事
永瀬 奈弓 バリラジャパン マーケティング マネージャー
嘉納 未來 ネスレ日本 コーポレートアフェアーズ統括部 執行役員 コーポレートアフェアーズ統括部長
小村 俊平 ベネッセコーポレーション ベネッセ教育総合研究所 主席研究員
山下 俊 東京工科大学 工学部 学部長
住田 昌治 横浜市立日枝小学校 校長

修学旅行も探究型に 子どもたちに“スロートラベル”の経験を

企業発表のトップバッターは、日本旅行教育旅行部チーフマネージャーの今田誠氏。同社は2019年12月に旅行会社として初めてSDGs宣言を行い、「人」「風景」「文化」といった観光資源の保全を大命題とするサステナビリティの推進に社員一人ひとりが自覚を持って取り組んでいる。そこに起きた新型コロナウイルス感染症によるパンデミック。国内ではほとんどの学校行事が中止となり、修学旅行はもちろん、夏の語学研修など、年間を通じて前年比で約8割の行事がなくなった。そうした事態に今田氏は、入社以来“教育旅行一筋”できたという自身も含めてであろうが、「教育旅行、学校旅行というものは不要不急なのかということで自問自答されている先生方が多かった」と振り返る。

もちろん同社にとって「人の自由な往来ができない」のはビジネスの根幹に関わることだ。そんな中、にわかに「スロートラベル」に注目が集まり、同社ではこれを「つながりをつくること」と捉えて教育旅行に取り入れる動きを強めている。これからは修学旅行も観光型から探究型へと変わっていくと言い、具体的には「京都探究プログラム」や「八重山サスティナブルツーリズム」といった事業を企画。例えば八重山にはプラスチックごみの漂流物が多く、ビーチクリーン活動などを通じて、リサイクルの流れや環境問題に関心を高めてもらおうという趣旨だ。「こういう経験をした子どもたちに持続可能な社会づくりの担い手になってもらいたい。その子たちが成長した時に新たな持続可能な取り組みが加速し、ESDの取り組みが顕在化するのではないでしょうか」。

社会課題を自ら考え、発見できる人材が求められている

続いて三井不動産人事部人材開発グループの角田佑介氏が、総合不動産業という業界について、「住む、働く、遊ぶ、そして学ぶといった、生活のさまざまなシーンに影響を与えられるんじゃないか」と話し、その上で同社がまちづくりにおいて大切にしている言葉として“経年優化”という造語を紹介し、1980年に造成したマンションの周囲に約20年をかけて住民と一緒に植林を行い、緑豊かな味わいのある街にしていった事例を報告した。

また現在、千葉県柏市で「公・民・学」の連携をベースに課題解決型のまちづくりを手掛けていることに触れ、「課題先進国」とも言われる日本の抱える「超高齢化社会」や「市場飽和による経済停滞」「資源・エネルギー問題」「地球環境問題」といった課題に対して「まちづくりという大きな枠組みを通して向きあっていきたい」と強調。そこでは、同社が街全体のエネルギーを統括したり、住民と一緒になって健康長寿に向けた取り組みを提案したり、さらには新産業の発展に寄与することを目的とした事業を大学などとともに展開しているという。

「今、VUCAの時代と言われ、変化が激しくなる中で、どういう社会課題があるのかを自ら考え、発見できる人間が求められている。そのためには一人ひとりが『考え抜く力』を養うことが重要であり、当社も、教育機関や地域の方々と一緒になって、人材の育成というところにも寄与していきたいと考えています」

食の力で、現在、そしてこれからのすべての人々の生活の質を高める

「キットカットは単なる美味しいチョコレートというだけではありません」。そう呼び掛けたのは、ネスレ日本コーポレートアフェアーズ統括部執行役員の嘉納未来氏だ。キットカットといえば、チョコレートとウエハースの取り合わせが日本でも人気の菓子だが、嘉納氏によれば、美味しさという「機能的な食品本来の価値」だけでなく「情緒的な、エモーショナルな価値」も提供しているのだという。

キットカットの情緒的な価値とは、「希望のために人々を励まし続ける」という商品に込められたパーパスにある。もともと英国生まれの菓子であり、「Have a break, have a KITKAT.」というスローガンが有名だが、2000年ごろから、この「break (「2つに割る」と「休憩」の意味を掛け合わせている)」が日本人にとっての何に当たるかが考えられ、「ストレスからの解放、心を休める」と定義された。またちょうどそのころ、いちばんの消費者である中高生の間で、キットカットの発音が「きっと勝つ」と聞こえ、受験生のお守りとして広まっていたことから、受験生の不安に寄り添う形でキャンペーンを展開するように。そこからさらに夢や希望に向かって頑張る人、また自然災害などの被災者を応援する取り組みなども行い、例えば一箱につき10円が寄付される仕組みのキットカットを、今回のコロナ禍でも北海道などの観光地を支援するために販売しているという。

さらにキットカットはその製造工程に関わるすべてのステークホルダーに対する支援も行っている。原材料となるカカオは「世界数百万以上の農家の収入源」になっており、「カカオ農家を支援し、彼らが暮らす地域社会が幸せでなければ、カカオの供給を確保して美味しいチョコレートを届けることはできない」からだ。嘉納氏は、このネスレによるカカオプランのほか、キットカットを中心とするプラスチックの削減などを通じた地球環境への取り組みを報告するとともに、ネスレが創業時から約150年にわたって大切にしている「(ネスレは)食の持つ力で、現在、そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていく」とするパーパスを紹介して、プレゼンテーションを終えた。

目指すのは成熟社会の教育:いかに将来に希望を託し、現在をよく生きるか

次にベネッセ教育総合研究所主席研究員の小村俊平氏が「21世紀社会を『生き抜く力』とは?〜成長社会から成熟社会の学びへの転換〜」と題して登壇。初めに、OECDが3年に一度、行っている世界の加盟国の15歳の学習到達度調査(PISA)の結果を見ても、日本は数学的リテラシーは1位(2018年度)、科学的リテラシーは2位(同)と、世界各国から称賛されるだけの結果を示していることを踏まえ、「今、日本が目指している新しい教育の姿、先生方が学校現場で目指している教育の姿は、これ以上、基礎学力を高めようとすることでしょうか」とする問いを投げ掛けた。

一方、国際比較でみた日本の教育の課題は、「学力が高いにもかかわらず、科学者になりたいとか、テレビの科学番組が好きだ、という子が少ない」こと、また学校に通う子どもたちの「幸福感を感じる」割合がOECDの平均値を大幅に下回っていること、さらに「困難な状況の中で解決策を考えられる」と回答した子が非常に少ないことを挙げた。

もっとも小村氏は、ベネッセがこの10年間、探究的な学びについて中高生が取り組みを発表し、社会人も交えてそれを発展させるための知恵を出し合うイベントを続けた結果、高校生が自らメディアリテラシーを測定するテストを作り、同世代に回答してもらって論文にまとめるケースもあるなど、国際社会や地域の課題に取り組むレベルの高い生徒は多くいると指摘。また、最新の技術にワクワクするような気持ちでモノづくりを楽しむ生徒も増えていると話し、「どうすればより多くの生徒の心に火がつくだろうか、またどうすればそういった取り組みを学校全体に広げていけるのかを考えてほしい」と問題提起した。

「これから目指さないといけないのは、成長社会の教育ではなく、成熟社会の教育だ。成長社会の教育は、今努力すれば将来良いことがあるぞという教育だったが、成熟社会においては、将来の良いことは何も約束されない。そう考えた時、今を犠牲にして将来に希望を託すのでなく、いかに将来に希望を託して現在をよく生きるかということではないか」。社名のベネッセに込められた「よく生きる」という意味になぞらえ、そう強調する場面もあった。

「生き抜く力」は、ひとつの選択が健康や環境に大きな影響を及ぼすことを認識すること

次に、イタリアで140年以上の歴史あるパスタブランド「バリラ」を日本で展開するバリラジャパン マーケティングマネージャーの永瀬奈弓氏が、同社が「わが子に食べさせたいと思える食品を人々に提供せよ」という創業者の言葉を経営理念とし、また「GOOD for YOU, GOOD for the PLANET(GYGP:あなたに良いもの、それは地球にも良いもの)」とするミッションを掲げていることを説明。このGYGPを語る上で欠かせないものとして、同社のシンクタンクが導き出したという「健康に良いものは実は環境にも良い」という食物と環境の関係性を表した相関図を示した。

もちろん同社においても原材料に関しては安全が認証されたサプライヤーから調達し、生産過程においてもCO2の排出量や水資源の使用量をなるべく削減するよう徹底している。また「やはり食品ブランドなのでみんなに楽しく食べてほしい」という思いから、商品を口にした最初の数分間で幸せを感じ、その後、数時間して栄養が身体にいきわたり、それを続けているうち、数10年後には健康につながるという「ヘルシーでエンドレスな、ポジティブなサイクル」を常に意識していることについても解説した。

さらに同社は脱プラスチックの機運の高まりを受け、今春から順次、パスタ商品の袋を、FSC認証やPEFC認証を取得したバージンファイバー100%の紙のパッケージに変更している。最後に永瀬氏は、バリラが考える「生き抜く力」について、「ひとつの選択や決断が、健康や環境に大きなインパクトを与える力があることをしっかり認識すること」と話し、「例えばどっちの食べ物を選ぶかによって自分の身体や環境にどういう影響があるのかということをしっかりと考える必要があるんじゃないか」とする見解を述べた。

「サステイナブル工学」を身につけた人材を育成

プレゼンテーションは最後に大学を代表して、東京工科大学工学部学部長の山下俊氏が登壇。同大は「生活の質の向上、技術の発展と持続可能な社会に貢献する人材を育成する」を基本理念としており、「日本国内に数多く大学がある中でも持続可能性を理念に謳っている先進的な大学」だという。そして2015年に発足した同大の工学部では、日本の大学の中でも数少ない取り組みである「サステイナブル工学」を柱の一つに据えているのが特徴だ。

山下氏によると、工学とは「自然科学に基づいて人や社会に役立つものをつくる、いろんな学問の中でも人間と非常に密に関わっている」学問であり、「サステイナブル工学」とは、「地球環境(Planet)に負荷を与えない軸と、人間(People)の生活を豊かにする軸、そして社会を活性化する(Prosperity)軸の3つのPを同時に満たすものをつくる、新しい工学である」とされる。

そして同大でサステイナブル工学を学ぶ学生は、例えば実際にある自動販売機や冷蔵庫をどう置き換え、あるいは輸送手段をどう変えると、どれだけ温室効果ガスの排出量を少なくできるか、というようなプロジェクトを通じて、「サステイナビリティを定量的に分析評価するという、国内ではほとんど行われていない手法を身につけることができている」。その結果、2019年に送り出した初の卒業生は、「48%がいわゆる大企業に入った。そして入社後は、こんなサステナブルなことができるのかということで評価され、2020年度には56%まで増加した」という。

「サステイナブル工学を身につけた人材が実際に社会に出て、貢献する。そうするとサステイナブル工学の価値が認められ、これが新しいESD教育として循環していくと思われる。『生き抜く力』とは、今のこの変革に直面している社会で、人類がいかに生き抜いていくか、サステイナブル工学を身に付けた人材がどのようにして生きていくか、そして、このような新しい教育がどのようにして生き抜いていくか、ということが答えです」

「コロナ禍でみんなを元気にしたい」は学校も企業も地域も同じ

プレゼンテーションを終え、昨年に引き続いてファシリテーターを務めた朝日エル会長の岡山慶子氏と、横浜市立日枝小学校校長の住田昌治氏が感想を交換。住田氏が「このコロナ禍で、みんな元気がないから元気にしていきたいとか、社会を良くしていきたいというのは企業も、地域も学校もみんな同じ。同じ思いでやっているんだということを共有することが大事だと感じます。学校はややもすると企業に対して、営利目的が強いといった昔のイメージで捉えがちで、それで壁をつくってしまっているところがあると思う。だからこそなおさら、今は違うよ、同じだよと。SDGsを共通言語にして、これからの社会をみんなでつくっていこうという発想になることで、垣根を越えられるんじゃないか」と話すと、岡山氏も、「企業と学校はもちろん制度も成り立ちも違うが、今の社会課題に向き合う上で、ある種、文化は共通しているところがあると思う。だから、方法論のようなところを一緒にやっていければ、本当に一つの何かの課題に向かって、行動を共にしていくことができるのではないか」と応じた。

また、今回の最大のテーマである「生き抜く力」について、住田氏は、「これからの激動の社会では、激流の中をなんとか向こう岸まで泳ぎ切らなければならない。それにはまさしく『生き抜く力』が必要だ。そのためには子どもたちから、主体性や自主性を奪ってはだめで、子どもたちは試行錯誤し、時には失敗をし、失敗も許される中で、それをどんどん自分のものとして獲得していきながら乗り越えていかないといけない。そういう意味で『生き抜く力』はすごく大事だ。失敗するのが悪いのではなく、失敗した後、立ち上がれるかどうか。今までの教育を変えるとしたら、そこが大きな問題点だ。こうした今までの教育の問題点をしっかりと見つめながら新しい方向へ向けていくのがまさにESDであり、だからこそ、われわれはESDをしっかりとやっていかなくてはいけない」と述べ、フォーラムを締めくくった。

# SB2021Yokohama

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