「戦争二度と」思い強く 宮崎空襲犠牲児童を供養

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犠牲者の名前が刻まれた供養碑に花を手向け、手を合わせる児童ら(宮崎大付属小提供)

 太平洋戦争末期の宮崎空襲で犠牲になった児童16人を供養する「いとし子 命の集い」は11日、宮崎市の宮崎大付属小(森山聖一校長、608人)であった。児童代表11人と遺族が参加し、平和への誓いを新たにした。式典の様子は、ビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」を使って各教室に配信された。
 1945(昭和20)年5月11日の宮崎空襲では、7~13歳だった同校の前身・宮崎師範学校男子部付属国民学校の12人と、同女子部付属国民学校の4人が集団下校中や校内で米軍機の爆撃を受けて亡くなった。
 パソコン室で開いた集会では、リモートで参加した犠牲者の遺族の山下均さん(72)=宮崎市西池町=が戦争の悲惨さを語った。児童を代表し、6年の富田愛未(まなみ)さん(11)が「戦争は二度としてはいけないことを、黙とうや供養碑に手を合わせることで在校生に示したい」と誓った。
 集会後、クラス代表の児童21人が供養碑に献花し、手を合わせた。5年の山崎正義君(10)は「遺族の方の『戦争がもう起きないようにしたい』という言葉が心に残った。家族と命の大切さを考えたい」と話した。
 供養碑は犠牲になった山下陽さん=当時(10)=の母・久子さん(故人)がかつての江平池近くに建立し、2005年に校内に移設された。