倶利伽羅合戦 源平の兵弔う 追悼法要

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源平の兵をしのび手を合わせる新明委員長(左)=倶利伽羅県定公園

 倶利伽羅峠の源平合戦で犠牲となった両軍の兵を弔う追悼法要が12日、小矢部市と石川県津幡町の境にある倶利伽羅県定公園の供養塔前で営まれ、関係者が静かに手を合わせた。

 倶利伽羅源平供養塔委員会(新明政夫委員長)が毎年開いている。新型コロナウイルス感染予防のため、昨年に引き続き関係者のみ参列し、観音寺と倶利伽羅不動寺の住職の読経に合わせて焼香した。

 合戦は1183(寿永2)年5月11日夜から12日明け方にかけ、木曽義仲率いる源氏軍4万と平氏軍7万が争った。義仲の戦法「火牛の計」で平氏軍1万8千余りが谷底に落ち、亡くなったという。

源平両軍の兵をしのんで建てられている供養塔
新型コロナウイルス感染予防のため、人数を最小限に絞った