マルコスの負傷退場が吉と出たマリノス 交代出場の天野が2点に絡む活躍

J1 横浜M―神戸 前半、攻め込む横浜M・天野=日産スタジアム

 事前に用意された策。それは綿密に練り上げられれば練り上げられるほど、途中に予定外の要素が加わったことで思わしくない結果に終わる場合が多い。だが、たまには逆もある。想像以上に笑顔で終われる幸せな結末も、まれに存在する。

 5月9日に行われたJ1第13節、横浜マリノス対ヴィッセル神戸。リーグで10戦負けなしの4位と、8戦負けなしの5位の上位対決は、マリノスが「予定外」をプラスに変えた試合だった。試合早々のアクシデント。わずか20分でマルコスジュニオールが脚の付け根を押さえ、ピッチを後にした。トップ下に位置する、攻撃の中心選手が早々の負傷退場。本来ならばチームの大きなマイナスになるはず。しかし、マリノスには天野純が控えていた。

 同じ10番のポジションに位置しながら、マルコスとはまったく違うプレースタイルを持つ司令塔。天野投入は、それまでマルコスを中心とした攻撃にうまく対応していた神戸の守備陣の目に狂いを生じさせた。マルコスの狭いスペースを突いてくるプレーに慣れた目には、サイドのスペースを幅広く使う天野のダイナミックな展開が異質に見えたはずだ。長い距離を一気にサイドチェンジされれば、守備側はボールを目で追うために相手を見失うことが多くなる。

 持ち味が発揮されたのはピッチに入ってすぐだった。前半22分、右サイドの深い位置で天野がボールを持つ。ノープレッシャーなら得意の左足から自在のボールが出る。ピンポイントで出されたパスでの決定機は、前田大然がミートし切れなかった。37分にも天野の左サイドからの展開で、前田がヘディングして、エウベルがフリーの決定機。シュートはGK前川黛也の好セーブに防がれたが、天野のゲームメークでマリノスは、失っていた主導権を完全に取り戻した。

 近年のサッカーの主流として、ショートパスをつなぐというのが定着している。そのような中、ピッチ全体を見渡して大きな展開ができる選手が少なくなっている。天野は、その意味で一発の長いパスで試合を決められる選手だ。もちろん、狭いスペースでのプレーも得意。加えて、タイプとしては一昔前の日本代表には数多くいたロングパスの名手に通じるものがある。そのような視野の広いゲームメーカーを生む土壌は、近年、急激に断ち切られた。21世紀ににわかに出現したショートパス信仰の多くの指導者たちが、ショートパス以外は「悪」としたのだ。しかし、個人的に、より美しさを感じるのは、ロングパスの一撃で相手守備を無力にする創造力を備えたパサーだ。

 前半41分のマリノスの先制点。それはピッチを幅広く使ったダイナミックな展開から生まれた。自陣センターサークル右、天野が見つけたのは逆サイドのコーナーフラッグ付近だ。そのスペースにロングパス。走り込んだティーラトンが折り返した。守備側にとって自陣ゴールに戻りながらの守備が最も難しい。ボールを触らなければ、相手に触られる。触ってもオウンゴールになる可能性がある。この場面、マリノスは前田とオナイウ阿道が飛び込んだ。神戸はGK前川がダイブしたがボールには触れなかった。自陣に向かって走っていたフェルマーレンが、ティーラトンのクロスをオウンゴールにしたのは誰にも責められない。それほどにマリノスのピッチ幅を広く使った質の高いサイド攻撃は見事だった。

 22人がピッチに立つサッカー。その中で、たまにとても目立つ選手が現れる試合というのがある。この試合では主役は天野だった。先制点を演出した後の後半35分、マリノスは決定的な2点目を奪った。GK前川がミスしたボール。水沼宏太がカットすると、中央のレオセアラを経由して左サイドのエウベルがダイレクトでシュート。ボールは一度GKに阻まれたが、ゴール前に忠実に詰めた天野が左足で押し込んだ。

 当面のライバルであった神戸に2-0の勝利。立役者となった天野は、控え選手扱いの現状をこう語っている。「ピッチに出た時に自分の質を、監督やコーチングスタッフ、サポーターの皆さんに見せつけて『やっぱり天野純が良いんじゃないか』という思いにさせることをできている実感があります」。このレベルの選手を控えとしてベンチに置けるチームは、当然ながら成績も上にくる。そして、この日、マルコスの負傷は試合の勝敗だけを考えれば吉と出た。

 これでマリノスは開幕戦の川崎フロンターレ戦に敗れただけで、その後は11戦負けなしの勝ち点27で3位に浮上。首位川崎、2位名古屋グランパスの両チームより消化試合が少ない点を考えれば、独走する川崎を追う一番手といえる。2シーズン前のチャンピオンなのだから、この位置にいるのは当然か。

 それでも、よく考えてみた。マリノスに消化試合の少ない分を全勝するとして勝ち点を上積みしても、川崎との差は消えない。それを考えれば、今の川崎はちょっと強過ぎるのだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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