ソファに腰掛けた男性が、うつむきがちに訴える。
「しばらく注射を打ってないんです」
2月中旬、宇都宮市、無職西田満(にしだみつる)さん(70)=仮名=が、NPO法人フードバンクうつのみやの事務所を訪れた。ぽつりぽつりと説明するのは、傍らに座る妻のヨウコさん(61)=同=の状態についてだった。
ブラジルで生まれたヨウコさんは、出稼ぎのため約30年前に来日した。満さんと結婚後、同市内の食品工場で働いていた。
10年ほど前から、病気の影響で首や肩の慢性的な痛みに悩まされているヨウコさん。「針で刺されたみたいにちくちく痛い。目がちかちかすることもある」と顔をしかめる。仕事は続けられなかった。
痛みを和らげるため、2カ月に1度の注射が欠かせない。しかし、昨年8月から中断していた。新型コロナウイルスの感染拡大で仕事がなくなり、1回につき2万6千円ほどの治療費が払えなくなった。
夫婦の収入は、2カ月で8万円ほどの満さんの年金のみ。生活費に困ると、満さんがタクシー運転手などの仕事をしてしのいだ。ところが緊急事態宣言の発出以降、求人に応募しても、年齢も響き断られ続けた。
同居する長男は自動車整備関係の会社で働く。こちらも残業の減少に伴い、収入が減った。生活費の一部を負担してもらっており、将来に向けて貯金もしてほしい。これ以上は求められなかった。
12月ごろから食べ物にも困るようになった。市への相談を経て、フードバンクうつのみやへとつながった。
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フードバンクでは2020年度、西田さん夫妻のように新型コロナの影響を受けた相談者が目立つ。20年度の食品の提供件数は1295件。19年度の年間提供件数841件の約1・5倍に達した。
失職や仕事の減少など、感染症の拡大が影響して困窮した相談者が多いという。特に女性や40~50代の失業者、60代以上の低年金生活者からの相談が増加傾向にある。
相談員の社会福祉士小澤勇治(おざわゆうじ)さん(64)は「非正規労働など不安定雇用の問題も背景にあると感じる」と指摘する。
利用者には、体調を崩しても医療機関にかかる余裕のない人が少なくない。「今後、健康格差がますます広がってしまうのではないか」という危機感もある。
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食品支援を受けることができた西田さん夫妻だが、満さんは後ろめたさも感じていた。
「早いところ自立しないと。支援機関の迷惑や負担になってはいかん」
3月下旬、フードバンクを訪れた満さんに、小澤さんは語りかけた。「困ったら相談するのは悪い事じゃないですよ」。続けて、生活を支える制度について説明した。
小澤さんの助言を生かし、満さんは医療費の相談などを行った。「説明がなければ、使える制度の存在すら分からない。つながることができて良かった」と実感する。
仕事を見つけ、落ち着いたらフードバンクでボランティアをしたい-。そんな希望も芽生え始めている。