民家が即席の理容室になった。「店主」は川原義博(かわはらよしひろ)さん、71歳。はさみとくしを器用に操り、住人の女性(90)の髪をそろえていく。「さっぱりしました」。女性の顔がほころぶ。
川原さんは、ボランティア団体「男塾」のメンバーだ。団体は、名古屋市に本部がある南医療生協の組合員たちで運営する。住民から依頼のあった困り事に無償で対応する。
川原さんが活動を始めたのは4、5年ほど前だ。トラック運転手の仕事を退職し、やることがなくなった。楽しみは週末の競馬。若い頃からギャンブルが好きで「1千万円は負けとるな」と振り返る。
時間を持て余していた川原さんに、通院していた病院の主治医が目を付けた。「ええとこ紹介したるで」と、男塾代表の松下繁行(まつしたしげゆき)さん(70)に引き合わせた。
「めんどくさい」と最初は思った。それでも、松下さんの熱意に押された。運転手になる前に理容師として25年ほど働いた経験を生かし、依頼を受けることになった。
最初の利用者は高齢の男性。切り終えると、涙を流して感謝された。「こんなに喜ぶんやったら、続けてみようか」。急に忙しくなった。
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南医療生協は、名古屋市南部近辺と愛知県の知多半島北部で事業を行う。病院や介護施設など計66事業所をもつ。約9万5千人の組合員が出資し、運営に参加する。
地域は19ブロック、103支部の組織に分かれる。その中には、組合員同士が支え合うためにつながった1300近くの班がある。
男塾が活動するのは、名古屋市南部の名南ブロック。空き家を利用した拠点に60~80代が20人ほど集まる。生協本部に提出される「おたがいさまシート」を通じて届く住民の困り事に対応する。組合員以外からの依頼もある。年間80件ほどを、全て無償で引き受けている。
松下さんは「無料だからいい。プレッシャーもないし、みんなが気楽につながっている」と話す。
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草木の伐採、家具の移動、ごみ出し、散髪、話し相手、飼い猫の捜索-。多様な依頼に対応するのは、多くが持病を抱える高齢者だ。それでも他人の困り事に対応するうちに、生き生きと活動するようになる。
「理容師」の川原さんは言う。「今は、これ(男塾)がないと生きていけん」。脳梗塞で一時は入院したが、リハビリを乗り越えて復帰した。誰かを支えることが、生きる原動力になっている。
男塾が何度も通ううちに、昼間から1人で酒を飲んでいた人がリハビリに行くようになった。認知症の進行が落ち着いた人もいる。人と人とのつながりが、地域で健康をつくっていく。
地域では、かつてあった人間関係が失われつつあった。孤独死した人もいた。そんな時に始まった男塾の活動。依頼を受けにぎやかに掃除をしていると、近所の人が顔を見せた。「俺もこの家は気になっとった」と、一緒になって作業をする。
「おたがいさま」の関係が、地域のほころびを縫い合わせていく。