島根にも「サニブラウンに勝った男」 陸上人生と語った「夢」

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第40回全国中学校陸上競技選手権大会で100メートルを走った直後のサニブラウン(左)と花田達也さん(右)=2013年、「Athlete Tube for Tokyo Olympic 2020」提供

 陸上の男子100メートル日本記録(9秒97)保持者で、2021年7月開催の東京五輪でも活躍が期待されるサニブラウン・ハキーム(22)。プロ野球・日本ハムの五十幡亮汰(22)がドラフト指名を受けた際、陸上大会でサニブラウンに勝利したとして、各メディアが「サニブラウンに勝った男」と盛んに報じたのは記憶に新しい。一方、同じ大会でもう1人、勝ったのが島根出身の選手だった。東京五輪を目前に控えた今だからこそ、本人を直撃し、当時の様子やかつてのライバルへの思いを聞いた。

 出雲市出身で、現在は東京都で不動産の営業に携わる花田達也さん(23)。新型コロナウイルスの状況を踏まえ、リモートで取材した。

 実は、五十幡、花田さん、サニブラウンは、2013年夏の全日本中学校陸上競技選手権大会(全中陸上)100メートル男子の1位、2位、3位。五十幡は200メートル男子でもサニブラウンを抑えて優勝し、勝った男は五十幡の代名詞にもなっているが、花田さんも正真正銘で勝っている。

リモート取材で当時の思い出を語る花田達也さん

 花田さんが勝ったという事実を知る人は、陸上競技関係者以外でごく少ないと言う。花田さん本人も「過去のことなので…」と謙虚に話すが、島根に全国トップクラスのアスリートがいたことを広く知らせるため、おせっかいにも掘り返させてもらった。

▼走りはパワータイプ

 花田さんは小学6年の頃、学校で強制参加させられた出雲市の陸上競技大会の幅跳びで優勝したことを機に、中学生から本格的に陸上競技を始めた。2年の時には、学年別の全国大会であるジュニアオリンピック陸上競技大会100メートル男子で4位となるなど、全国レベルの才能を見せ始めた。

 大社高校(出雲市大社町北荒木)陸上部で花田さんを指導した柳楽達也教諭(56)は、「体が小さい割に筋肉質でパワーがある。歩数よりも歩幅で攻めるタイプで、中盤からグイグイ伸びてくる走りが印象的だった」と話す。

 そんな花田さんにとって、中学生の「全国1位」はもはや射程圏内。目標の実現に向け、厳しい鍛錬を重ねて挑んだ大会が全中陸上だった。

 予選、続く準決勝も1着で勝ち抜け、当日タイムはその時点で全選手中最速と好調。「絶対勝てる」。手応えをかみしめ、迎えた決勝で初めてサニブラウンとの勝負に臨んだ。

 花田さんは「(サニブラウンは)当時から身長が高く、163センチだった自分と比べて体格差があり、自己ベストも自分が負けていた」と、当時の印象を語る。専門誌でたびたび見かけるほどの有名人で遠い存在だったが、決勝で肩を並べたことで「初めて『勝ちたい』と意識した」という。

▼喜びよりも悔しさ

 そんな思いで迎えた決勝。号砲一発、スタートダッシュは申し分なかった。が、その瞬間から五十幡は先にいた。「勝ちたい、勝ちたいー」。その一心が体を突き動かし、後半に追い上げを見せたが、結果は10秒93で2位。3位のサニブラウンに0.04秒の差をつけたものの、1位の五十幡にわずか0.01秒及ばなかった。

 「(サニブラウンに)勝ったことより、『負けてしまった、優勝できなかった』という感情の方が大きかった」と振り返る。ただ、全力は出せた。完走直後はともに初対面だった五十幡とサニブラウンに自然と歩み寄り、固い握手を交わして互いをたたえていた。

▼続くつながり

 この全中陸上を機に、花田さんとサニブラウンは気が置けない仲となる。

 同年に東京都であった、陸上の全国大会成績上位の中学生や高校生を対象とした合宿で、2人は相部屋に。陸上について連日熱く話したほか、LINEも交換した。

 「(サニブラウンは)一緒に話している時もいつも堂々としていて自信に満ちあふれ、芯が通っている人。合宿の時から、既に世界を見据えていた」と振り返る。高校生のインターハイの会場で会った際も、互いのプライベートなどについて談笑した。

 今でもハキーム、花田と呼び合う仲。2017年にイギリスのロンドンであった、世界陸上競技選手権大会の男子200メートルで入賞したサニブラウンに、花田さんが祝福のLINEを送るなど、つながりは続いている。

▼陸上経験が生きる仕事

 高校でインターハイに出場し、大学進学後も陸上競技に青春をささげてきた花田さんだが、「陸上選手の現役寿命は短い」との考えから、陸上に打ち込むのは大学生までと決めていた。大学生になってからは中学生や高校生の時のような動きができなくなったと同時にケガも多くなった。今春、一般企業に就職して陸上人生に区切りを付けた。

 昔から自身が練習で意識していたのは、「自分が満足するまでやる」こと。例えば走り込みの際は、時間や距離でくくらず、「これだけやれば満足だ」と思えるまで続けたという。「それが本番での『あれだけやったんだから』という自信につながっていた」と力を込める。

 陸上で培った精神力は現在の不動産業にも生きており、「何事もマイナスには考えないようになっている」という。「家は人にとって人生の基盤となる物。仕事を通してお客さんの人生に寄り添い、支えられる人間になりたい」と夢を語った。

▼「走りで希望与えて」

 近年のサニブラウンの走りを見て、花田さんは「なんと言っても体格と歩幅の大きさが武器。以前は少しがむしゃらに走っていたが、おそらく大学などで技術的な面を学び、体格に適した動き方を体得しているのだと思う。どんどん良い方向に洗練されている」と絶賛する。

 東京五輪の陸上競技の日本代表内定に向けては、21年6月下旬に大阪市である日本陸上競技選手権大会がヤマ場となる。

 花田さんは「東京五輪で走ることは、彼にとっても見る人にとっても多くの希望を与えることになると思う。とにかく自分自身の思うように、やりたいように走ってもらいたい。自分も大舞台でのハキームの走りが見られるのを楽しみにしている」と笑った。