地域で暮らす住民の力を信じていたからだ。
名古屋市の南医療生協は1961年の創立以来、市民と手を携え共に歩みを進める医療機関を目指してきた。
生協が運営する名古屋市のかなめ病院。名誉院長を務める後藤浩(ごとうひろし)さん(80)は、必要だと感じた患者を地域のボランティア活動につないできた。
痛みに悩み「死にたい」とこぼしていた脳卒中の患者がいた。地域の障害者が集まるグループにつなげると、草木染に熱中するようになった。「旅行に行きたい」と望むほど、前向きになった。
後藤さんは「僕らは薬を出すことはできる。でも、実際にその人が生きていて良かったなと感じる場は、提供できないんですね」と話す。
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事務所に置かれた電話が鳴った。「ごめんなさいね、これから届けます」。応じたのは河崎恵子(かわさきけいこ)さん(70)。「おたがいさまセンターちゃっと」の利用者から、サービスで使うチケットを求める連絡だった。
ちゃっとは、愛知県豊明市の生活支援事業だ。南医療生協が市から委託を受けて運営する。
日々の暮らしの困り事に、登録された生活サポーターが対応する。利用料は30分250円で、雑草の除去や掃除、料理など身近な暮らしの依頼が舞い込む。
サポーターは講座を受けた市民だ。登録の際、自分の得意分野や対応できる仕事を申し出る。河崎さんは届いた依頼に応じて、対応できるサポーターを割り当てるコーディネーターを担う。
70代の夫婦は、要介護認定を受けているが「できるだけ介護保険を使いたくない」と望む。「たまに温かい田舎料理が食べたい」という願いを、定期的に通いかなえる。「困っても『ちゃっと保険』に入っているから安心ね」と言ってくれた。
河崎さんはもともと、ヘルパーやケアマネージャーとして介護業界で働いてきた。「介護保険だとできることが決まってくる。困ったときに、ボランティアが来てくれるといいなって思ってました」と振り返る。
2017年の開設前、南医療生協の理事会参与大野京子(おおのきょうこ)さん(67)は「サポーターを1年で200人つくろう」と呼び掛けた。「桁が一つ多いのでは」と指摘されたが、実際には目標を満たす登録があった。
生協には、組合員でつくる約1300の班がある。体操やお茶などさまざまなメニューで班会を開き、地域をつくってきた。
「こまめに呼び掛ければ、絶対に協力してくれる」。地域の力を知っていたからこそ、大野さんには確信があった。
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南医療生協の設立から60年がたち、医療の専門性も高まった。働く人の世代交代も進む。大野さんには「暮らしの場を医療としてとらえるという理念が、専門職の共通概念になりづらい」との危機感もある。
一方で、次世代の芽は育っている。研修医が、住民も交えて地域医療に関する勉強会を開いた。地域の活動に参加し始めた若い組合員もいる。ちゃっとのように、他の自治体への広がりもある。
健康に暮らせるまちづくり。それは地域の潜在能力を生かす取り組みでもある。