クリーム色の中高層建築物がいくつも並ぶ埼玉県幸手市の幸手団地。春の日差しが降り注ぐ団地の一角に「365歩のマーチ」を伸びやかに歌う高齢者たちの声が響く。
「皆さん、これからも一歩一歩進んでいきましょう」。講師の呼び掛けに参加者の一人、山田一枝(やまだかずえ)さん(83)が目を細めてうなずいた。4年前に団地へ引っ越した時は、初めての独り暮らしに不安を募らせていた。
「皆さんから地域のことを教えてもらったり、気持ちよく対応してもらったり。本当にありがたいです」
歌声が響いていたのは、コミュニティーカフェ「元気スタンド・ぷリズム」。介護予防指導士などの資格を持つ小泉圭司(こいずみけいじ)さん(53)が運営し、団地そばの東埼玉総合病院に設置された在宅医療連携拠点「菜のはな」と連携している。
菜のはなは2012年に拠点事業を始め、幸手市と杉戸町、北葛北部医師会の委託で運営。専門職らの勉強会や地域づくりに取り組む住民の交流の場を設けてつながりを育んできた。
小泉さんも菜のはなを通じ人脈を広げた。服薬についてぷリズム利用者から聞かれれば地域の薬剤師に助言をもらう。柔道整復師に筋力測定をしてもらうこともある。健康状態が気掛かりな高齢者を菜のはなにつないだことも、何度もある。
◇ ◇
同病院地域糖尿病センター長の中野智紀(なかのともき)さん(45)が室長を務める菜のはなの取り組みは「幸手モデル」と呼ばれ、次代の地域包括ケアシステムとして国内外から注目を集めている。
「幸手モデルの一番の特徴はケアシステム自体を変更できること」と中野さん。制度に個人が合わせるのではなく、個人が抱える生活の問題に合わせ柔軟にケアの枠組みを変える。
暮らしや病気、子育てなどあらゆる悩みを丸ごと受け止め、専門職が関係機関と調整して最適な支援を提供する。問題を抱える人がその地域で生きていけるよう伴走しながら支えていくことを可能にした。
◇ ◇
「コロナ下でも孤立を防ぎ、できることをしよう」。2月下旬、野外活動による介護予防を目的に高齢者らが杉戸町の道の駅に集まった。昨秋から地元住民が自主的に行う活動に菜のはなのスタッフも顔を出す。
体を動かし場の雰囲気がほぐれたところで、まとめ役が参加者の一人をコミュニティーナースと研修医の前にそれとなく連れて行き、健康相談につながった。
地域の活動に菜のはなのコミュニティーナースを派遣して開く「暮らしの保健室」は、両市町で約50カ所に増え、顔の見える関係が広がり続けている。
中野さんは「地域でつながった人たちがうまく支えてくれている。主役はあくまでも住民で、医療はそこに巻き込まれていくべきだ」と語る。
小泉さんは昨年だけで、ぷリズムの常連だった7人を見送った。みんな、直前まで変わらず自宅で暮らしていたお年寄りだ。「亡くなるのはもちろん悲しいことだけど、最期まで自分らしくいられるお手伝いができたのかな」
地域のつながりが、住民一人一人の「生きる」を確かに支えている。