初期宇宙の歴史を紐解くヒントに。幅1000光年に満たない“おとめ座”の矮小銀河

こちらは「おとめ座」の方向およそ6800万光年先にある矮小銀河「Pox 186」を捉えた画像です。2000年に当時の「ハッブル」宇宙望遠鏡に搭載されていた「広域惑星カメラ2(WFPC2)」によって撮影されました。Pox 186は幅およそ900光年と小さく、天の川銀河(円盤部の幅およそ10万光年)の100分の1程度しかありません。

ミネソタ大学のNathan Eggen氏らの研究グループは、初期の宇宙で起きた「宇宙の再電離」という出来事における矮小銀河の役割に関して、この小さな銀河が重要なヒントを与えてくれると考えています。

ビッグバンに始まった宇宙の温度がまだ高かった頃、初期の宇宙における主な元素の水素は電離(イオン化)して、陽子(水素イオン)と電子が分かれた状態で存在していました。その後、宇宙の温度が下がるにつれて陽子と電子は結合して、中性の水素ガスが形成されます。やがて宇宙で最初の世代の星(初代星、ファーストスター)が誕生するような時代になると、何らかの理由で水素が再び電離し、現在までその状態が続いています。「宇宙の再電離」とは、中性水素ガスが再電離したこの出来事を指す言葉です。

宇宙の再電離がどのように起きたのかについては、まだ完全には明らかになっていません。中性の水素ガスを電離させたのは高エネルギーの紫外線とみられており、その発生源は初期宇宙の銀河やクエーサーだったのではないかと予想されています。ただ、銀河の内部に存在する水素ガスが光を吸収してしまうため、銀河の周囲にある水素ガス(銀河間ガス)を電離させるのに十分な量の光が銀河の外部へ放射されるのは、難しかったのではないかとも考えられています。

【▲ 宇宙の歴史の概略図。宇宙の再電離(再イオン化)が起きたのはビッグバンから数えて5億~10億年頃の時代と考えられている(Credit: NASA/WMAP Science Team, Subaru Telescope/NAOJ)】

研究グループによると、Pox 186は水素ガスをすべて失ったか、あるいは少なすぎて検出できないことが知られているといいます。その原因は激しい星形成活動であり、数多くの若い星から流れる強力な恒星風超新星爆発によって、ガスが吹き飛ばされてしまったとみられています。研究グループは分析の結果、Pox 186のガスの一部が銀河の重力では引き止められないほどの速度で移動していることから、外部からの影響を受けなくても銀河内部のメカニズムだけでガスが完全に失われる可能性を指摘しています。

研究グループは、宇宙の再電離の時代に存在していた初期宇宙の銀河と現在の宇宙に存在するPox 186が、よく似た物理的特徴を備えていると考えています。両者が似ているということは、激しい星形成活動によってガスが失われたPox 186と同様に、初期宇宙の銀河でも星形成活動によってガスが失われた可能性があり、高エネルギーの紫外線が外部に放射されやすくなっていたかもしれません。つまりPox 186は、初期宇宙の矮小銀河が宇宙の再電離に関わった可能性を示す重要な存在というわけです。

研究に参加した同大学のClaudia Scarlata氏は、初期宇宙の銀河を観測する上で現在の技術は限界に達しつつあり、今年10月に打ち上げ予定の宇宙望遠鏡「ジェイムズ・ウェッブ」をはじめとした次世代の観測手段に期待を寄せています。

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Image Credit: NASA and Michael Corbin (CSC/STScI)
Source: ミネソタ大学 / MEDIA INAF
文/松村武宏

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