【中野信治のF1分析/第4戦】ハミルトンとメルセデスの緻密すぎる対フェルスタッペン戦略。角田裕毅と『F1帝王学』

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 いよいよ始まった2021年F1シーズン。ホンダF1の最終年、そして日本のレース界期待の角田裕毅のF1デビューシーズン、メルセデス&ルイス・ハミルトンの連覇を止めるのはどのチームなのか……とにかく話題と期待の高い今シーズンのF1を、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が解説。第4戦はハミルトンとマックス・フェルスタッペンのトップバトルについて詳細解説します。

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 2021年F1第4戦スペインGP、予選ではマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)がポールポジションを獲得できるかなと思いましたが、ルイス・ハミルトン(メルセデス)が『流石』としか言いようがない走りを見せました。ハミルトンとフェルスタッペンの戦いはもはや、クルマのわずかな差を超越した、次元の異なる領域での争いになっていると思います。

 メルセデスとレッドブル・ホンダ、予選のタイム差は0.03秒と本当にわずかでしたが、クルマのポテンシャルとしてどちらが速いかとなったとき、今回のリザルトでは正直、誰も答えが出せないと思います。

 予選Q2ではフェルスタッペンがハミルトンに対して0.244秒引き離してのトップでした。その時点では、今回はフェルスタッペンかなと思っていたら、Q3ではハミルトンがトップ。そしてお互いのチームメイト、バルテリ・ボッタス(メルセデス)とセルジオ・ペレス(レッドブル・ホンダ)のタイムともまったく違って、比較ができない状況でした。

 全体的に見ると、スペインGPではメルセデスのクルマが若干有利だったのかなと思いますが、予選でのハミルトンとフェルスタッペンの争いを見て、どっちのクルマがどうかと言われると『そういう話ではない』という次元でのトップ争いをしている気がしました。クルマの限界の向こう側にある領域で戦っている印象で、『すごい』という言葉しか出てきません。本当に良いものを見せてもらっているなというのが正直な感想です。

 今回のスペインGPでもハミルトンのオンボード映像を見ていると、イモラ・サーキットで行われた第2戦エミリア・ロマーニャGPでポールを獲得した時も感じましたが、頭脳と小技をすごく使った走りをしていました。今回はイモラの時ほどクルマが乗りにくそうには見えませんでしたが、いずれにしても昔の勢いとセンスだけで走っているハミルトンとはまったく別物です。今回はどちらかというとレッドブル・ホンダの方が前回のポルトガルGPに引き続いて、暴れるマシンを抑えつけながら走っているように見えましたね。

 『クルマを前に進めるのがうまい』という表現をよく聞くと思います。たとえば今回のハミルトンで言うと、クルマを前に進める、転がすことがうまいという表現になります。『前に進める』『転がす』という表現は、ブレーキングのときのブレーキの踏み方・抜き方などで『止めすぎない』、『止まりすぎない』ことを言います。そのブレーキの抜き方が、昔のハミルトンに比べると大きく変わったなと思えるところです。

 ブレーキの抜き方を変えることで、ハミルトンのクルマは止まりすぎずに、前に進むことができます。以前はクルマが暴れるところでは強引に向きを変えていてグリップが横方向に逃げていたのを、今はあえて無理をせず、縦方向にクルマを進めていく割合に変えています。その結果として、今のハミルトンはクルマを止める・曲げる・アクセルを踏むという動作がかなり滑らかです。

 ただ単にクルマを滑らかに走らせるだけだと、どうしてもスピードは遅くなってしまいます。手前からブレーキを踏んで空走状態を作り、アクセルを踏むタイミングを遅くすれば誰でも滑らかな走りはできます。ですが、限界まで攻めながら滑らかな走りをすることはかなり難しい。ハミルトンは自分のドライビングのブラッシュアップを何年も続けて、クルマを前に進めていく技、本当にミリ秒のタイムをコーナーひとつひとつで稼いでタイムを削っていく技を身につけたのだと思います。

 そして決勝ですが、スタートではフェルスタッペンがスタートを決めて1コーナーでハミルトンの前に出ました。フェルスタッペンは蹴り出しも良く、その後の加速では若干、ホンダパワーユニットがメルセデスよりも良かったように見えました。ただ1コーナーまでに追い抜くには至らずでしたが、ノーズを入れるには十分な距離までもっていけました。

 あの1コーナーのフェルスタッペンの飛び込みは結構、際どかったですね(苦笑)。ハミルトンが譲らないといけないところまで入っていったので、フェルスタッペンの勝ちといえば勝ちです。あの飛び込みがもう少し中途半端に並ぶ形でコーナーに入っていってしまうと、2台は接触していたのかなと思います。

 フェルスタッペンはちょっと強引ではあったのですが、ハミルトンが引かざるを得ないインへの入り方をしました。ペナルティを取られない絶妙なタイミングと、フェルスタッペンの気迫が伝わってきましたね。それと同時に、あの場面ではしっかりと引くという、ハミルトンのクレバーさも伝わってきましたね。

 これは簡単なようでなかなかできないことです。レーシングドライバーというのは基本的に引けない人種で(苦笑)、特にハミルトンのような立場だとなおさらです。昔のハミルトンならああいった場面で頑張ってしまって、接触してしまったと思いますが、今のハミルトンは、フェルスタッペンがあそこで引くわけないということを理解した上で、あえて自分が引きました。今のハミルトンは引くときは引く、勝負するときは勝負するという判断のよさ、チャンピオンを獲るために今回のレースをどう戦うべきかということがわかっています。

 その後は両者の差が少しずつ開いていき、ソフトタイヤの序盤はフェルスタッペンのペースかなと思いましたが、レース序盤はハミルトンもペースをコントロールしていたと思います。スペインGPのカタロニア・サーキットはオーバーテイクが難しいサーキットです。前のクルマの真後ろについてしまうと後ろのマシンはダウンフォースを失って、自分のタイヤの負荷が大きくなっていじめてしまうことになります。

 ハミルトンにとっては、この後はどういったレース展開になるかまだわからない状況だったので、そんなときにタイヤを酷使したくないという思惑があり、ときどきフェルスタッペンの真後ろまで迫り、追い抜けるようなら抜きにいく感じも見えましたが、『これはオーバーテイクできないな』と思った瞬間に、また差を少し開いて自分のタイヤやブレーキをコントロールしながら走っていました。

 ですので、レース序盤ではフェルスタッペンとハミルトン、どちらが有利だということはあまりなかったですね。ハミルトンは差を広げられているように見えましたが、実はすごく頭を使って走っていました。フェルスタッペンの1秒以内にいればDRSが使用できるのですが、その反面、高速コーナーではダウンフォースが小さくなってタイヤをいじめてしまい、ブレーキの温度も上がってしまいます。ブレーキ温度が上がるとセクター3が厳しくなってしまうので、そのあたりの1秒差のギャップの計算をしっかりとしながらハミルトンは走行していました。

 逆にフェルスタッペンは前にクルマがいないので、クリーンエアでタイヤをうまく使える状況でした。ハミルトンはそんなフェルスタッペンに対してだったので、ある意味『王道』の戦い方のように見えましたし、昔のハミルトンならとにかく前のクルマを追いかけ回して、チャンスがあればオーバーテイクを仕掛ける印象でしたが、今のハミルトンはまったく戦い方が違いますね。

 そして、ハミルトンもそうですが、メルセデスというチームもかなり戦略的に動いているので、そこはまたひとつ面白いところでした。フェルスタッペンとレッドブル・ホンダがどう動いてくるかわからない中、序盤はハミルトンとメルセデスにとってはまだプッシュできない場面でした。両者ともに攻めすぎても得はないですし、かといって離れすぎるとフェルスタッペンがタイヤ的に有利になってしまう。

 そんな中で、適度にフェルスタッペンにプレッシャーを掛けながら自分のタイヤも守るという、ハミルトンのクレバーさとすごさを感じましたね。

 そして最初に驚いたのはフェルスタッペンの最初のピットストップの場面です。レッドブルは左リヤタイヤの交換に手間取ってしまい4.2秒という制止時間で、いつものレッドブル・ホンダからすると2秒くらいロスをしてしまいました。そのロスを見て、2番手のハミルトンもフェルスタッペンと同じタイミングで翌周にピットに入っていれば、トップを奪えたはずです。でも、そこではピットタイミングを合わせなかった。

## ●ライバルをじわじわと追い詰めるハミルトンとメルセデスの極まった戦略。角田裕毅に伝えたい『F1帝王学』

 その時は『えっ?』と思いましたが、ハミルトン&メルセデス的にはミディアムタイヤに変えた後のペースに自信があったということなのでしょうね。あの場面で自分たちのピットを引っ張った理由は、そんな自信があるからだと思います。ミディアムでは自分たちのほうが強いので、同じ状況で戦って追い詰めるよりも自分たちが得意とする部分で追い詰めていった方が、最終的にオーバーテイクできるという考えがあったのだと思います。

 最終的にハミルトンはフェルスタッペンの4周後にピットインします。フェルスタッペンも同じミディアムですが、ニュータイヤではありませんでした。対してハミルトンは新品のミディアムタイヤなので、ピット後はハミルトンの方が有利に進められるだろうということまで考えての戦略だとしたら、もうメルセデスは恐ろしいですね(苦笑)。

 ライバルの持ちタイヤと消費周回数も計算して、ライバルの持ちタイヤの状況を練習走行から仕組んでいるのかもしれません。どのタイヤを余らせるか、どのタイヤがレースでは有利になるか。セッションが進むごとに、徐々にライバルチームを追い詰めている。他チームが2手3手予測して十分だと思っているところを、メルセデスはさらに5手、6手も先を読んで戦略を考えている。メルセデスはそういう戦い方をしています。

 お互い最初のピットインを終えた後は、今度はタイヤを交換したハミルトンがニュータイヤでプッシュするという展開でした。自分たちのマシンに合っているミディアムということで当然自信があったのだと思います。その後の展開も絶妙で、新しいミディアムタイヤでどんどんユーズドミディアムのフェルスタッペンを追いかけてタイヤを使わせ、フェルスタッペンのタイヤが厳しくなったところで、ハミルトンはまさかの2度目のピットインをしました。

 第2スティントをプッシュしてショートランにする、あのタイミングでのピットインは予想外でしたね。レッドブル・ホンダ陣営も予想していなかったと思います。メルセデスとハミルトンに先に動かれてしまい、そこからハミルトンの第3スティントも猛烈な勢いのタイムだったので、フェルスタッペンとレッドブル・ホンダとしては自分たちがピットに入るタイミングを完全に逸してしまいました。

 あのタイミングで唯一対抗できる術があったとしたら、ハミルトンが2度目のピットインをしたあと、フェルスタッペンも早めに動いて新品のソフトタイヤに変えて勝負をすれば、もしかしたら可能性があったかもしれない。

 レッドブルとしてもあのままずるずると引っ張るのではなく、何らかのアクションが必要でした。結局、追い抜かれた後にはファステストラップポイントを獲りにいくため2度目のピットに入りましたが、それ以前に戦略的な部分でピットに入って勝負するという術もあったのかなと思ってしまいます。

 ただ、あの段階ではレッドブル・ホンダはまさに『蛇に睨まれた蛙』のような感じでメルセデスにしてやられてしまいました。ここまでの組み立てを考えれば考えるほど、メルセデスがすごいことをしていることがわかります。表面上で見える戦いも面白いのですが、そこで見えているものはほんの一部です。そこにいくまでの過程、そしてその戦略をどこまで入念に準備をしているのかという奥深さが今のF1にはありますね。

 そして最後にアルファタウリ・ホンダの角田裕毅選手についてですが、予選後にマシンの批判をしてしまい、後にSNSで謝罪するという事態になってしまいました。予選はQ1でノックアウトしてしまいましたが、タイム差はそこまで大きくなく、本当に少しだけうまく修正していればQ1は通過したはずだと思います。

 走り終わった瞬間はQ1落ちしてしまった苛立ち、クルマが自分の思いどおりに動かなかった苛立ち、あとは開幕後のよくない流れといったすべてが、あの無線に集約されてしまったのだと思います。あんなことを言ってしまってはダメだということは、角田選手本人もわかっているはずです。まだ若くて結果を残せていない状況でクルマの批判をすることは、それがチームへの批判につながり、チームの批判をすると、マシンを組み立てるメカニックやエンジニアたちを批判することにもなって、スタッフとの距離が離れてしまうきっかけになりかねない。

 今後、自らの走りとリザルトで挽回すれば良いのかもしれませんが、モータースポーツというのは何があるかわからない世界です。いろいろなことを考えながら物事を動かしていくということが、モータースポーツやF1で成功していくということです。

 ただ、若いドライバーにはあるあるなことです。あまり大人しすぎるのも良くない。ハミルトンもしかりですが、始めはみんなそこまでうまく立ち回れませんでした。でも、最近のハミルトンを見ていても思いますが『タイヤが終わっちゃったよ~』というような戦略的にネガティブなことを言って相手を惑わすことはありますが、チームやファンなど外部に対しては、ネガティブに聞こえるようなことは一切言いません。それは無線もそうだし、クルマを降りてからもそうです。

 ミック・シューマッハーもそうで、本当にクレバーで無線でもどんな状況でもネガティブなことは言わない。これがいわゆる、今のF1で勝ち上がっていくために必要な『帝王学』なのでしょうね。ですが、父ミハエル・シューマッハーも始めからそうだったかと言われるとそうではなく、周りにそれを教えてくれる誰かがいて徹底的教え込んだのだと思います。

 角田選手にはよいトレーナーもついていると思うし、フランツ・トストというよいチーム代表もいるので、デビュー前の初心に帰るということも大事なのかなと思います。まだシーズンが始まったばかりで初心に帰るというのも変ですけれど、僕もDAZNのインタビューで角田選手に言ったのですが、どんなときでも謙虚さを失ってほしくないと思います。以前も言いましたが“Be patient(我慢して・冷静に)”ということが大事で、自分を抑えてコントロールすることを覚えるのが一番の近道です。

 それでも、僕が良かったと思うことは、この4戦で、本当に10数戦分を終えたくらいのF1の経験を角田選手ができたということだと思います。角田選手にとって、開幕からの数戦で一番ポジティブな要素だったことはその『経験』だと思います。一般的にはネガティブに思われている出来事や経験が、角田にとっては一番大きなポジティブ要素だったと思います。

 開幕4戦でこんなに濃密な経験をすることができましたし、マシンの走らせ方以外で得た経験も含めて、次回からはその経験を存分に活かしてほしいですね。

中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24