コロナ禍で野球は必要とされるのか… 1軍復帰を目指すDeNA今永昇太の自問自答

DeNA・今永昇太【写真:荒川祐史】

昨年10月に左肩クリーニング手術を実施、ファーム実戦登板で順調に前進

3月26日、NPB12球団が一斉に今季開幕を迎えたこの日、DeNA・今永昇太投手は1軍ではなくファームにいた。2019年から2年連続で開幕投手を務めた左腕は、昨年10月5日に左肩のクリーニング手術を実施。1軍復帰を目指す道のりを歩んでいた。

術後、実戦初登板となったのは、3月31日のファーム巨人戦。2イニング、打者7人を相手に2安打無失点と上々のスタートを切った。その後も順調に球数と投球回数を増やし、4度目の登板となった5月5日の巨人戦では6回4安打1失点。1軍復帰間近まで歩を進めている。

「前には着実に進めていると思います。リハビリ期間中は一歩進んで二歩下がるような、なかなか前進しない日々もありましたけど、こうやって実戦に入ってから前に進めている感覚があるのはいいことだと思います」

エース左腕がリハビリ登板を重ねる一方、三浦大輔新監督率いる1軍は開幕から波に乗れず。指揮官に初勝利をプレゼントできたのは、開幕10戦目のことだった。今季から選手会長を務める今永は「もちろんチームの状況を見て、何もできないことに、僕自身も悔しいことはあった」と明かすが、あえて自身の状況とは切り離して考えたという。

「1軍の状況は1つの情報として頭に置いておいて、でも、僕自身のリハビリの段階とは切り離して考えていました。僕が今、第一優先として考えるべきことは、自分の怪我をしっかり治して1軍で投げること。ただ1軍で投げるだけではなくて、1軍で勝ち続けるというところを目標に置かなければいけない。だから、割り切って考えているところはありますね」

リハビリ登板では「常に1軍で勝てるための投球」を意識。ただ単に、球速が出た、ストライクを投げられた、打者を抑えた、ということだけに終わらず、投げる1球1球の“原因と結果”にこだわっている。

「打たれなかったから良かった、打たれたからダメだった、ではなく、しっかり根拠のあるボールで抑えることをイメージしています。目の前に立つ打者に対して、前の打席はどうだったか、前の日はどうだったのか、次の打席は誰が来るのか、そういうことをしっかり考える。1軍だろうがファームだろうが、するべきことは全く同じです。同時に、ファームで抑えられたから1軍でも大丈夫という世界でもない。1軍の打者はまたレベルが上がります。その中で、たまたま抑えた、たまたま打たれた、と漠然と投げていては、野球人生としてもったいない。しっかりレベルアップして1軍の試合で投げたいと思っています」

商売道具の左肩にメス、躊躇いはなかったわけではないが「退路を断って前に」

自身が1軍で勝ち続ける姿を見据えながら、力強く復帰までの道のりを歩む左腕だが、そもそも大事な商売道具である左肩にメスを入れること自体に躊躇いはなかったのか。一般に肩は肘よりも術後の経過に注意が必要だとされる。クリーニング手術とはいえ、やはり「躊躇いはなかったわけではありません」と振り返る。

「確かにメスを入れるってネガティブに捉える部分ではありますよね。ただ、自分の判断の中ですごく良かったと思うのは、まだボールが投げられる状態で手術をしたこと。去年、1軍を抹消された直前の試合(8月15日ヤクルト戦)でも、もちろん内容は良くなかったけれど、球速は147、8キロは出ていました。おそらく、なんでこの状態で手術をするんだろうって思った人もいたかもしれない。でも、僕の中ではドクター、トレーナー、僕の3者の意見が一致した時には1日でも早く手術するべきだと思っていましたし、リハビリの過程を考えても肩がボロボロになる前に手術したことは、いい判断だったんじゃないかと思います」

主治医から「さほど重くないクリーニング手術で、ほぼ100%が競技復帰している」と説明を受けた後、3人ほどにセカンドオピニオンを求めた。中には、手術をしなくても治療できるという意見もあったというが、それぞれのメリットとデメリットを検討し、「復帰時期を考えても、残りのプロ野球人生を考えても、早く手術してしっかりリハビリに時間を費やすのも1つの手」と決意。その背景には、自身の性格も大きく関わっているようだ。

「一進一退の肩の状態が続いている中で、手術をしてしまえば、しっかりとリハビリをして前に進むしかない。僕の性格上、気にしながら生活するより、退路を断って前に進むしかない状態にした方がいい。客観的に見ても、そういった人間なので、割と早めの決断でしたけど手術をしました」

改めて確認した野球を続ける価値「野球を見たいと思ってくれる方がいるのであれば」

怪我を経験した選手の多くは、リハビリ期間中に自身の過去・現在・未来について思いを巡らす機会を得たと話す。加えて、2020年は新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大。当たり前だと思っていた日常が実は当たり前ではなかったという現実に、誰しもが直面した。今永もまた、自身について、そして野球について、思いを巡らせたという。

「今、コロナ禍という世界情勢の中で、僕たち=プロ野球というものを考えた時、仮定の話ですけど、例えばプロ野球が1年間中止になったとしても、日本国民のほとんどは恐らく困らないと思うんです。プロ野球が中継されなくても、困る人より困らない人の方が多いはず。でも、いろいろなイベントが中止や延期となる中で、入場者数を減らしたり無観客にしたりしながらも、なんでプロ野球というものがあり続けるんだろう。そういう視点で考えた時、プロ野球は娯楽として皆さんの生活の一部になっている側面もあると思うんです。そう思って下さる方が少しでもいるのであれば、やっぱり僕たちは全力で野球をやらなければならない。野球を必要としてくれる、野球を見たいと思ってくれる方がいるのであれば、僕はリハビリをしっかり丁寧にやって、また1軍で投げている姿を届けたい。喜んでくれるファンの方々のためと思ったら、辛く地道なリハビリもあまり辛くは感じませんでした。むしろ、それが当たり前だというマインドにもなれた。そう考えると、僕にとっては自分の本質を見出してくれる時間だったのかなと思います」

マスク着用やソーシャルディスタンスが日常となり、人と人との距離感は物理的にも心理的にも変化があった。ふと周りを見回した時、改めて「僕一人が行動する裏では、いろいろな人が動いてくれている」と実感。「自ずと日頃の生活や言動が変わってくる。物事を多面的に見られるようになりました」と話す。このタイミングで選手会長という大役に任ぜられたのも、また何かの巡り合わせなのかもしれない。

「僕自身は先頭を切っていろいろな物事を発信したり、球団と選手との摺り合わせをしたりする立ち位置は、ものすごく大切だと思っているので、選手会長をすることは光栄です。だからこそ、言っていることとやっていることが矛盾していたら、僕の言葉から信憑性は失われますし、選手はそれを見抜く力がある。常に見られていることを意識しながらやろうという思いに繋がっています」

1軍復帰が目前に迫る中、今永の背中を力強く押してくれる人がいる。それはファンだ。

「ファームや1軍で、僕が投げていない試合でも、僕のユニホームを着たりタオルを掲げてくれたりするファンがいる。そういう姿を中継で見かけると、到底、弱音やネガティブな言葉を吐けるはずもない。本当に力になりました。この僕の感情を、早く1軍のマウンドでいろいろな方にお届けできたらと思います」

27歳左腕の熱い思いが届く日を、ファンは今か今かと待ち構えている。(佐藤直子 / Naoko Sato)

© 株式会社Creative2