埼玉で「世界一幸福な動物」に会える理由 オーストラリアから門外不出、小型カンガルー「クオッカ」

「世界一幸福な動物」クオッカとこども動物自然公園の園長、田中理恵子さん=埼玉県東松山市

 口角が上がり、笑っているように見えることから「世界一幸福な動物」と呼ばれる小型カンガルー「クオッカ」。生息地のオーストラリアから門外不出だったが、昨年、埼玉県東松山市のこども動物自然公園へやって来た。現在、オーストラリア以外でクオッカに会えるのは世界でここだけ。そんな希少な動物が、なぜ埼玉にいるのか。(共同通信=大森瑚子)

 ▽心をわしづかみに

 「海岸でたたずむ、ずんぐりむっくりした姿が忘れられなくて」。そう話すのは同園の園長、田中理恵子(たなか・りえこ)さん(57)。クオッカを呼び込んだ立役者だ。快挙の裏側は、田中さんの行動力と動物愛であふれていた。

 2002年、野生のクオッカに会いにオーストラリアのロットネスト島を訪れ、ユニークな姿に心をわしづかみにされた。園ではコアラをはじめ同国の有袋類を数多く飼育し、先住民アボリジニの文化も紹介しており、「クオッカもなじむはず」と確信した。  飼育員などを経て16年に園長に就任すると、クオッカを迎える計画を本格始動。18年5月に現地へ飛び、呼ばれてもいない動物園幹部の総会で熱意をアピールした。

園内で展示されているオーストラリアの先住民、アボリジニのアート作品

 会員制交流サイト(SNS)でクオッカの人気が高まり、展示希望が各地から寄せられる中、オーストラリア政府は希少動物保護を理由に、国外への譲渡をほとんど許可していなかった。

 田中さんはフェンスの網目のサイズまで詳細に記した約80枚の資料を提出。飼育環境の万全さを訴えた。「全て英文で作成しなければならないので、本当に大変だった」と振り返る。

 動物のみならず、オーストラリアの文化発信にも力を入れてきたことが評価され、19年末に晴れて4頭の譲渡が決定。赤ちゃんも2頭育ち、来園者を笑顔にしている。

 ▽ぬいぐるみもデザイン

 田中さんは、理科教師になった5歳上の兄と共に、幼少期から大の生き物好き。犬、猫はもちろん、シマヘビやコウモリ、鳥などさまざまな動物を飼っていた。近所では有名で「弱った生き物を見つけたら、みなさんうちに運び込んで来た」と笑う。

こども動物自然公園のクオッカ

 網とバケツを常備し、中学時代は放課後にこっそりと学校裏の川に出掛け、水の生き物を「ひとつかみ」してから、部活の練習に出動していたという逸話もある。

 動物に関わる仕事がしたいと飼育員を志すようになり、有名な動物園の園長に直接電話したことも。「畜産科に進むといい」とのアドバイスを受けて農業大学に進学し、園への就職を果たした。動物園は新卒採用が少ない狭き門で、就職希望がかなったのは学科で数人だけだったという。

 園は現在、新型コロナウイルスの影響で来園者が減少し、経営への打撃は深刻だ。それでも状況を打開すべく、得意のイラストを生かしてクオッカのぬいぐるみを「リアルさ重視」でデザイン。ネットなどで販売すると売り切れ続出で、埼玉まで訪れるのが難しいクオッカファンにも好評だという。

田中さんが「リアルさ重視」でデザインしたクオッカのぬいぐるみ

 現在、自宅で2匹の猫、メダカと暮らす。「そろそろ梅雨なので、カエルも加わると思います」と田中さん。「動物大好き少女がそのまま大人になったみたい」。記者が思わずつぶやくと「よく言われます」と笑った。

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