建設石綿訴訟判決、「一人親方」も救済対象に 元解体工の夫亡くした神戸の女性「人間を人間らしく見て」

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最高裁判決の後、会見で思いを語った川原千鶴子さん=17日午後、大阪市北区

 建設アスベスト(石綿)訴訟の大阪第1陣は提訴から10年に及び、元労働者の原告6人が亡くなった。神戸市長田区の解体工、川原巌さん=当時(70)=もその一人。最高裁判決は解体工を国の責任から除外した大阪高裁の判決を覆し、国家賠償の対象として認められる方向になった。夫の思いを受け継いだ妻、千鶴子さん(69)は「人間を人間らしくみてほしい。貧しくて知識のない人間も家族を養うため一生懸命働いてきた」と訴えた。

 「お父さんよかったね。亡くなってから生活は大変だった。家族を守ってくれてありがとう」。再審理の機会が得られる最高裁の判断に、大阪市内で会見に臨んだ千鶴子さんは声を震わせた。

 巌さんは1971年から約39年、建設業に携わり、うち約35年は「一人親方」。住宅など400~500の解体に関わり、生前は「ほこりがすごく、屋根のスレートをたたき割る際にもほこりが出た」と話していた。(有害性の強い)吹き付け材も除去したが、防じんマスクは見たことも、着用したこともなかった。

 石綿の危険性を知らないまま懸命に働いた。千鶴子さんは「解体の仕事が好きでした。風が強くなると夜でも現場に確認に行くほど」と振り返る。発病後もトラックを見ると「なんでこんなことになったんや。仕事したいな」と漏らした。

 08年ごろから、せき、たん、息切れなどの症状が出始め、11年に肺がんの確定診断を受けた。右肺を摘出後も入退院を繰り返し、症状は悪化。息苦しさのあまり、医師に「苦しい。肺をえぐり出して見せてやりたい。殺してくれ」と訴えた。見ていられないほど苦しみ、8年前に亡くなった。

 石綿被害がなければ、夫婦で老後を楽しむはずだった。千鶴子さんは「富士山も、東京タワーも行ったことがない。お父さん一緒に行こう。休みの日は一緒に喫茶店に行ってモーニングを頼もう」と言っていた。巌さんは「わし、もう行けへんわ。すまんな」と力なく話したという。

 千鶴子さんの携帯電話の待ち受け画面は、巌さんのにこやかな顔。「携帯を開けると、いつもお父さんがいる。安心するんです」。二人三脚で被害者救済を願い、裁判と向き合ってきた。石綿を含む建材は今も多くの建物に使用されている。「阪神・淡路大震災後に石綿を吸い込んだ人も大勢いる。後に続く被害者の救済に早くつながってほしい」と千鶴子さんは望んだ。(中部 剛、小谷千穂)

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 大阪アスベスト弁護団は18日午前10時~午後6時、「アスベスト被害なんでも無料電話相談」を受け付ける。TEL0120.966.329