中小企業経営者に「もしも」が起こる前に対策しておきたい「お金と人」の問題

中小企業の経営者の高齢化が進んでいます。経営者に「もしも」があった時にどんな問題が起こるのでしょうか。また、事業継承の際にはどんな問題があり、どんな対策が有効なのでしょうか? 相続に精通する専門家集団、アクセス相続センターの相続診断士が解説します。


港悦男さん(仮名、64歳)は、40年前に板金加工の会社を創業しました。売り上げは景気に左右されることもありましたが、一代で毎年1億円超の売り上げを上げるほどの会社に成長したのです。

社長の悦男さんは、そろそろ事業承継を考え始める時期だと思っていましたが、引き継いでくれる後継者に悩んでいました。悦男さんの長男(34歳)は、次期後継者として会社に勤務していますが、この長男に社長の座を渡すのは正直、まだ頼りなく早いと思っていました。

事業承継の現状としては、中小企業の経営者年齢の分布について、1995年の経営者年齢のピークが47歳であったのに対して2015年の経営者年齢のピークは66歳となっており、経営者の高齢化が進んでいるといえます(中小企業庁ホームページより)。

つまり47歳の経営者が20年経ち66歳になっているということは、20年前から事業承継が進まず、ほとんど代替わりをしていないということです。

経営者の高齢化による「もしも」と聞いたら何を思い浮かべますか? 大きく2つ、「亡くなったとき」と「認知症になったとき」について取り上げます。会社株式は、社長が100%持っているとします。

経営者に「もしも」があったら? (1)亡くなったとき

会社の株式を社長が所有したまま亡くなると、株を誰が相続するかという問題が出てきます。亡くなった人の財産は、相続人全員で遺産分割協議(遺産を分ける話し合い)を行い誰が何を引き継ぐかを決めなければなりません。

悦男さんの家族は、妻、長男、次男の4人家族です。遺産分割協議を行い会社株式を誰に引き継ぐのかが確定するまで、会社の意思決定をする者がおらず、経営がストップするのです。また、後継者が育っていなければ事業承継するか否か、M&A、もしくは会社をたたむ選択をしなければならないかもしれないのです。

現時点で、会社にかかわっているのは長男のみです。そうすると会社の株式は長男が引き継ぐことになる可能性が高く、悦男さんが一定額以上の財産を持っていれば相続税が課税されることになるのです。業績の良い会社は、株価が高くなります。株価対策をしていなければ莫大な相続税がかかり納税資金が足りないということになりかねないのです。

経営者に「もしも」があったら? (2)認知症になったとき

経営者の高齢化に伴い、経営者の認知症が社会問題化しつつあります。社長が突然怒り出したり、打ち合わせた内容を翌日には忘れてしまったりして、業務に支障が出ることも増えているようです。とはいえ専門家ではない一般人が、社長が認知症かどうかは判断できません。重度なら周りの人も気づくでしょうが、軽度だと大問題が起こるまで放置されることになるのです。

社長の体は元気でも、判断能力が無くなってくると、後継者に経営を引き継ぐことも会社株式を引き継ぐこともできなくなります。縁起でもない話ですが、社長が亡くなるまで、株も人も何も動かせなくなるのです。

お金の問題:「株式会社」をどう引き継ぐか?

現社長から次期社長に、事業承継する計画を立てようとすると、お金の問題と人の問題があります。先に、お金の問題ーー「会社株式」をどう引き継いでいくかを見ていきましょう。

業績の良い会社は株価の算定をすると高額になっている場合が多く、亡くなってから引き継ぐと一定額以上の財産があるとすれば「相続税」、生前に渡していくと「贈与税」がかかる場合があります。株式を引き受けるための資金や税金を用意することができず、頭を抱えている経営者も多いのではないのでしょうか。

この状態を打破しようと、国は2018年4月事業承継税制の「特例措置」をスタートしました。これは従来の一般措置に比べて期間限定ですが、使いやすいものになりました。ある一定の要件のもと、事業を継続させている限り、税金の猶予や免除されることになり、株式の贈与税や相続税もゼロで後継者に渡せる道ができたのです。ただ、事業を続けることができなくなるなど、要件を満たすことができなくなると、猶予も免除も適用が無くなります。この点は注意が必要です。

人の問題:後継者候補を頼りないと思い、すべてを任すことができない場合は?

長男を次期後継者にと考えてはいるものの、まだ頼りないと思っている悦男さんは、経営を長男に任せてみようとしました。しかし、思わぬ方向に行ってしまうことが心配でなかなか任すことができずにいました。こんな場合には、「戻せる贈与」で一旦任せてみる、という方法もあります。

株式を生前に贈与してしまうと、「しまった」と思っても自分に株式を戻すことができません。一定金額以上の贈与は贈与税も課税されます。そこで、贈与ではなく「信託」という方法で、社長が委託者となり、長男を受託者とし、経営権を持たせてみるということができるのです。

「信託」ならば贈与税がかからず後戻りも可能

信託には登場人物が3人います。

(1)委託者(株式を持っている社長)
(2)受託者(株式を託され実際に会社経営する長男)
(3)受益者(受託者が会社経営して出た配当を受ける社長)

上記のように(2)受託者(株式を託され実際に運用する長男)は、会社の経営権を得ます。決算書には株主として記載されるのです。この(1)委託者と(3)受益者を同一人物にすることで、長男に株式の名義が変わったとしても課税されることはありません。

信託は「契約」です。信託契約書を作成し、社長と長男が契約するのです。契約は、法律に反しない限り自由に決めることができます。社長は長男が経営に向いてないと思ったときには、受託している株式を委託者に戻すことができる旨の記載を信託契約書に入れておけば、株式を長男から社長に戻すことができるのです。

長男の経営「お試し期間」ができるというわけです。信託の場合、株式を社長に戻しても贈与税は一切かかりません。

早めに専門家に相談を

お金(株式)と人の問題は、一度決めてしまうと、取り返しのつかないことになる不安があるために進まないのであれば、社長が判断能力のあるときに、「戻せる贈与」の活用も考えてみてはいかがでしょうか。

ただ、長男が経営権を持ったとしても、株式の所有者は社長のままなので。社長の相続発生時には相続税が課税されることになります。納税資金の対策は必須です。信託契約書は自己流で作成することのないようにしましょう。税金の問題も必ず出てくるので税理士等の専門家に相談することをお勧めします。

相続診断士:藤井利江子

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