「カンヌで賞をとっても電気代が払えない監督がいる」日本映画界への危機感とジレンマ

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「夢にも思わない現実って実は100年前にもあったはず」

©2020『朝が来る』Film Partners

2020年4月7日に発出された「緊急事態宣言」から早1年、日本はいまだ不安定な状況の中にいる。しかし、映画監督・河瀨直美の表情は明るい。

「こんな風に人と会えなくなるなんて夢にも思わなかったってみんないうけど、こういう現実は100年前にもあったはず。アイザック・ニュートンが万有引力を発見したタイミングだって、田舎でボーッと過ごしていた時だって聞きました(笑)

散歩にいけないわけじゃない。自分の半径1kmの範囲で、もしかしたらものすごい発見があるかもしれない」

しかし、この一年は、河瀨さん、そして日本の映画業界にとってもイレギュラーな事ばかりだった。

「去年の4月の時点で映画の撮影は全てストップ。私自身、カンヌ映画祭に作品が選ばれていたけど、カンヌには行けなくて、公開も大幅に遅れました。

映画業界も『鬼滅の刃』がシネコンのスクリーンのほとんどを占めるという異例の事態でした。映画業界全体の収益でみれば、そのことにより底上げされた印象ですが、ほかの映画は、公開はできてもスクリーン数が少なく、客足が伸びない作品がほとんどでした。多様な映画のジャンルが失われた一年だったと思います。

でもこういう時こそ、エンターテイメントで人の心に光を灯したいという想いで、多様な映画を各国から招聘して、2020年9月に『なら国際映画祭』を敢行しました」

「カンヌで賞をとっても電気代を払えない監督がいる」

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日本の映画業界は、Netflixなどの配信サービスと拮抗してきたが、今回のパンデミックで、一気にその傾向が加速したという。

「例えばロックダウン中に、イタリアのNetflixから日本の河瀨に連絡がきて、すごい短期間で全言語を網羅した作品を出す。こういうプロジェクトができるのは配信ならではですよね。

当時、緊急事態宣言下だったので、初めてiPhoneを使って撮影しました。以前から私の仕事に興味があった息子が出演したり、データのやりとりを介して離れた場所にいる編集者と編集作業をしたり。各国のクリエイターもみんなパンデミック下で、その時できることの中でオリジナル作品を短時間で完成させました。

そこには、しなやかな強さを感じました。どこにいても作品を創り続けるという私たちクリエイターの意志であり、世界の人々に対しての『みんないるよ、大丈夫だよ』というメッセージにもなったと思います」

Netflixなどの配信サービスと日本の映画業界では、作品に対する考え方や予算が全く異なる。河瀨さんは以前から問題意識をもっており、日本ではなく、フランスのエージェントと独自に契約を結んでいる。

「これまで12本映画を撮ってきているんですが、作品の撮影前に契約書を交わしたことが1回もないんです。驚くべきことに!それが日本の映画業界です。

カンヌで賞を取っても電気代が払えないっていう監督がいるくらいですよ。

海外と日本では、報酬に対する考え方も全く違う。まず、成功報酬とかそういう条件提示がほぼない。例えば、小説家の人だったら本が売れたらその分の印税が入ってくるのが当たり前ですが、映画の場合、その割合が極端に少ない。

日本では監督の成功報酬は1.75%、脚本を書いた場合でも合わせて3.5%しかないんです。しかもそれは、劇場公開に対してはゼロ。3.5%は二次使用にのみ適用されるものです。フランスのエージェントを通した場合、監督と脚本で5%もらえる条件を約束してもらっています。

日本の条件下では、作品がいくら劇場でヒットしてもクリエイターにお金が分配されることはない。つまり、評価を受けても生活がままならないという人も多いんです。このやり方を続けていたら、日本の優れたクリエイターが配信の方に流れていくのは時間の問題かなと思います」

次の世代を育てたい

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しかし、一方でなら国際映画祭を主催するなど「映画」にかける想いは人一倍強い。

「なら国際映画祭の1番の柱は次の世代を育成するYouth部門。13~18歳の子達が関わっているプロジェクトが3つあって、創る、観る、魅せるを中心に、映画制作、審査、配給宣伝に関わるワークショップです。

基本的には大人は一切口出しをしない。彼ら自身が彼らの意欲の中で創作することを大切にしています」

背景には、エンタメ業界でさらに力を増している韓国や中国への焦りがある。

「ほんの20年前までは日本の映画業界がアジアを牽引していたといっても過言ではないでしょう。でも今は韓国や中国の台頭が著しく、完全に追い越されています。色々な要因がありますが、やはり国として映画をはじめ、エンタメ業界をしっかり守ろうという意識が全然違う。

このままのやり方を続けていたら、才能のある若いクリエイターが日本からいなくなってしまうという危機感を強く持っています」

「世界はひとつじゃない、オンラインだからこそできることもある」

今、現在も人と自由に会えない状況が続くが、河瀨さんからネガティブな言葉は出てこない。

「人と会えない時代だけど、iPhoneで映画が作れるし、オンラインで話もできる。ひょっとすると今の方が世界と繋がりやすくなっているかもしれない」

ちなみに河瀨さんは、スマートフォンもパソコンもずっとApple一筋。

「直感的に使えるのと、デザインが好きで、初めて買った時からずっとAppleです。ほかのパソコンを使ったこともあるけど、私には向いていませんでした(笑)」

今のこの状況は場合によってはポジティブな「発想の転換」に繋がるのではないかと話す。

「文句を言っていてもしょうがないっていうのはありますよね(笑)。だったら他のことにエネルギーを使いたい。

例えば、ひとつのものを見るにしても、こっち側から見るとの、逆側から見るのでは全然違う。自分の見え方や考え方を別方向から見られるようになると、世界がもっと広いということを認識できるようになる。

今、この状況は本当に大変だけど、ピンチをチャンスに変える、ないものの中に何かを発見するということは絶対にある。いわゆる常識みたいなものをこえていくようなチャンスが隠されていると思います」

河瀨__直美
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映画監督・生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける

一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリーフィクションの域を越えて
カンヌ国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。
2020年東京オリンピック公式映画監督に就任、2025年大阪・関西万博のプロデューサー、シニアアドバイザーも務める。

映画監督の他、CM演出、エッセイ執筆などジャンルにこだわらず表現活動を続け、プライベートでは野菜やお米を作る一児の母

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