BoPの議論は「損得を超越すべき」。調整法転換で“新たなレースの入口”に【TGR村田WECチーム代表に聞く/後編】

 2021年のWEC世界耐久選手権ハイパーカークラスに、ル・マン・ハイパーカー(LMH)規定の新型マシン『GR010ハイブリッド』を投入しているトヨタGAZOO Racingは5月18日、村田久武チーム代表のメディア向けリモート会見を実施した。

 2回に分けてお伝えする記事の前編では、GR010がデビューウインを飾った5月1日の開幕戦スパ・フランコルシャン6時間レースの内情を村田代表の視点から語ってもらった。後編となる今回は、取り沙汰されるBoP(性能調整)にまつわる議論に対しての、村田代表の考え方などを紹介する。

■BoPの議論は「レースの根本に立ち返る話」

 今季、WECに導入された最高峰LMH規定は、さまざな参戦メーカーを呼び込む目的もあり、昨年までのLMP1時代よりも車重や空力などの点で性能が引き下げられている。このため、速さでは2番目のクラスとなるLMP2についても車重や出力の調整により性能が引き下げられたが、トップクラスとLMP2クラスの差は昨年までよりも縮まっているのが現状であり、状況次第ではラップタイムに“逆転現象”が見られることが、事前テスト“プロローグ”から開幕戦のレースウイークにかけて明らかとなった。

 また、同じハイパーカークラス内においても、規則移行年の特別措置として今季に限り新規則の適用を除外されるアルピーヌ・エンデュランス・チームのノンハイブリッドLMP1マシンとも、BoPを用いてGR010は競い合う立場にある。

 さらには2023年からLMDh規定車両の参戦が許されるとなれば、状況はよりいっそう複雑になる。LMDhはLMP2をベースシャシーとする規則であるからだ。

 開幕戦で見られたLMP2との逆転現象、およびその背景にあるBoPの問題については、パドックの内外でさまざまな議論が起こっているが、これについての考えを問われた村田代表は「レースってそもそもいったい何なの? というところまで立ち返った話になりますが……」と前置きし、次のように考えを語った。

「みんな(さまざまなメーカー/チーム)が出てきて、抜きつ抜かれつの競争をするのが、レースの基本だと僕は思っています」

「過去に(アウディ、ポルシェなど、他の)ワークスが撤退した後、戦闘力の差がありすぎて、レースがスタートしたら『トラブルがなければ(結果は)決まり』みたいな形になったときに感じたのは、メーカーにとっては技術開発や人を鍛えるというメリットがレースにはあるけれど、見ていただいているファンの皆さまもレースを構成する要素のなかでものすごく重要である、ということです」と、村田代表は『ファンが見て楽しいレース』の重要性について口にする。

「我々が切磋琢磨し、チェイシングをし合う、そこでドライバーが技量を見せる。それらもレースの重要な要素のひとつ。ですので、オーガナイザーや参画しているメーカー・チームを含めて、そのあるべき姿にどうやって持っていくのかという議論をしてきています」

「(今季に向けては)トップカテゴリーのパフォーマンスを下げることになり、LMP2やGTも含めて、そこそこ戦闘力差が均質化してきていると思います。スパでは、チームとオーガナイザーが目指そうとしてきたことが、現れてきたんだなと自分は見ています」

 シンプルに表現すれば、『混戦は歓迎』という趣旨である。

 ただしLMP2クラスとの差については村田代表も「LMP2の方が速くなってしまうと、そもそもトップカテゴリーとは言えなくなる。そうなる場合は、アジャストしなければいけない」と述べており、基本的にはLMP1ノンハイブリッド勢や将来ハイパーカークラスに参入してくるLMDhとの“混戦”を歓迎する発言と理解することができる。

WEC第1戦スパ、フロントロウからレースをスタートするGR010ハイブリッドの2台。背後にはLMP2車両が連なる

 さらに現在のシリーズのBoPの考え方や将来像について尋ねられると、村田代表は「自分が損とか得とかいうのは、超越していかなければならない、というのがひとつあります」と切り出し、現在のBoPの考え方と調整方法がこれまでのものとは異なることを次のような表現で説明した。

■「インプット」から「アウトプット」へ。調整方法の転換点

「過去30年くらい、戦闘力のコントロールはリストリクターや燃料流量計など、コンポーネントやクルマへインプットする部分でやってきました。オーガナイザー、もしくはFIAからすると分かりやすい・測りやすいからそうやってきたわけですが、その形だと出力とか戦闘力をコントロールできなくなってきているんですよね」

「ですので、アウトプット側でコントロールすることにトライし始めているのが、今回のカテゴリーの大きな特徴です。エンジンから出力されている出力値を測る、クルマができたら風洞に入れて空力値を測る。パフォーマンスのウインドウを規則で謳い、その中に入っていればどんなクルマでも、どんな作り方(成り立ち)でもいい、というのがいまトライしようとしていることです」

「自分たちが得とか損とかっていうことよりももっと先、21世紀のレースの仕方として、どんな形のクルマであっても……たとえば水素由来であってもガソリン由来であっても、それは参戦するメーカーのアイデンティティで選べばいい、と。だけど戦闘力はみんなそろえて、レース本来の目的であった抜きつ抜かれつの状況を作っていく。みんなで知恵を出して、新しいレースの形を作っていこうとしている、いまちょうどその入口に立っているんですよ」

■これからのモータースポーツへの取り組み方

「水素」という単語を村田代表は口にしたが、スーパー耐久第3戦富士SUPER TEC 24時間に参戦するカローラ・スポーツの水素エンジンを含め、この先の環境技術について話を向けられると、「抜きつ抜かれつというベースを持つ、レースの文化を潰してはいけない。そのために今後も継続的に取り組んでいくことが、レースに関わるすべての人たちの義務だと思います」とモータースポーツに関わる自動車マニュファクチャラーのあり方ついて説明した。

「地球の環境と自分たちが取り組んでいること(モータースポーツ)をどう合わせていくか、カーボンフリーとレースをどう融合していくかは非常に重要です」

「水素を直接内燃機関に入れて燃焼させるというのが、今度のスーパー耐久でのトライです。ただ、どれが一番とかこれにしなければいけないとかではなく、いろいろなチャレンジをして、地球にダメージを与えない形をみんなで模索していくことが一番大事だと思っています」

「内燃機関にしても、燃料にはいろいろなパターンがあります。そこにモーターと電池を組み合わせたものがハイブリッドであり、内燃機関を無くしたものがEVカー。いまの時代、『これじゃないといけない』『こうじゃないといけない』というのはもう無いので、ベストマッチなものを準備して、カテゴリーによってそれに見合った形を提案していくようになっていくのかなと思っています」

 速く・強いクルマと組織を作ってレースに勝つことももちろん大事だが、その世界を魅力的、かつ世間一般からも認められる形で持続させていくために、BoPはどうあるべきか、あるいは参戦車両はどういった技術を持つべきなのか。チーム代表としてだけでなく、フェローとしてGAZOO Racingカンパニー、ひいてはトヨタのモータースポーツ活動を導く役割も担う村田氏の、マクロな視点が色濃く伺える会見だった。

トヨタGAZOO Racing・WECチームを率いる村田久武代表(写真は2020年)

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