神谷純 (アニメーション監督) - 「やくならマグカップも」主人公たちの生きている場所が魅力的に見えたとしたら成功かなと思っています

色々な偶然が重なって実現した偶発的に生まれた作品

──地域密着型の作品なのでもっと地味な形で物語として派手にならないのかなと思っていましたが、『やくならマグカップも(以下、やくも)』はドラマもしっかりしていてこんなに濃い作品だとは思っていませんでした。

神谷:そう言っていただけるのは嬉しいです。

──原作は作品舞台にもなっている多治見市にある会社“プラネット”が制作されているフリーペーパーで連載されているコミック。フリーペーパー発の作品がTVアニメ化というのは聞いたことがありませんでした。

神谷:僕もこんな成り立ちの作品は聞いたことが無いです。企画から番組制作に至る経緯は聞けば聞くほど驚きの連続でした。

──神谷監督にとってもそうなんですね。

神谷:編集の方も商品展開の部門もなく、そこも含め白紙からスタートで新鮮でした。そういう意味でも面白い作品をやらせていただいているなと感じています。

──本当に手探りで一からスタートしていったということなんですね。そんな『やくも』はどのようにアニメ化がスタートしたのですか。

神谷:原作の『やくも』は季刊で8年近く連載されているのですが、それを読まれていた多治見市出身の方が日本アニメーションに入社しアニメ化の候補作品として出した企画の1つで、色々な偶然が重なって実現した偶発的に生まれた作品だそうです。

──プラネットのみなさんが長く続けてこられたことが今回の映像化として実を結んだ形なんですね。

神谷:映像化ということで今になると実を結んだように聞こえますが、1つの企業が勝算の無い中で10年にわたって続けている作品というのは凄まじいですよね。東海三県だけでなく関東・関西の店舗にも配布していて、その資金を回収する術がないままやっているわけじゃないですか。本当に商売っ気がないんですよ。そんな中で進めている作品・それをやり続けている人たち。

──凄い熱意で続けてこられた作品なんですね。そんな作品を預かるというのはプレッシャーも大きそうですが。

神谷:この熱意に対峙することにはダイレクトに来る迫力はありました。特に第1話の絵コンテは1シーンごとに立ち止まって悩みながら制作していったので時間がかかりました。今振り返るとプレッシャーを感じていたんだと思います。

──今はそのプレッシャーからは解放されていますか。

神谷:第1話が完成したことで『やくも』の作品スタイルも出来上がったので、解放されています。今は第1話で出来た作品スタイルに沿ってどうお話を紡いでいくか、キャラクターの気持ちを紡いでいくかという段階で、第1話の大箱を作るという作業に比べると少し楽になりました。

言葉にできない熱意と迫力を強烈に感じました

──最初に原作を読まれた際の印象は如何でしたか。

神谷:先ほどの熱意の話とは裏腹にハートウォーミングで、かといって奇をてらっているわけではなく、等身大の女の子たちを描いているという事にちょっとした意外性を感じました。その中で細やかに描かれている感情・親子の関係・陶芸に向かう気持ち、4人それぞれの感情・小さなドラマが気持ちよく紡げている作品なんだなと思いました。監督目線で言うと気持ちよく良く紡がれている感情・ドラマをどうアニメーションに落とし込もうかという事を探りながら読んでいました。

──おっしゃられる通りビジュアルはゆるふわ系日常ものですが、各キャラクターの掘り下げ・人間関係などドラマも面白い作品ですよね。

神谷:これは原作の面白いところですが、掲載順が時系列順に物語が紡がれているかというとそうではないんです。「やくもタイムライン」に従って時系列順に読むと違った魅力が出て来て、積み重ねたドラマがあるんだなというのが分かって面白いです。

──確かに掲載順と時系列順ではまた違った面白さがありますよね。時系列順に掲載するのが普通ですけど、そちらを基本にしないで連載というのも不思議な連載ですね。

神谷:僕もそこは気になっていので多治見市に伺った際にプラネットで作画をされている梶原さんにそのことを伺ったところ、「季刊のフリーペーパーでは読み逃すこともあってストーリーを追うのが難しいだろうから、粒だったエピソードを時系列を気にせずに掲載していき、後になってここが連続しているんだと気づいてもらえたら、毎話追いかけてくださっている方も、そうでない方もどちらでも楽しんでいただけるんじゃないかと思って描いています。」というのを伺って、なるほどと思ったと同時にそのことを選択したことに驚きました。

──なかなか怖くてできない選択ですよね。

神谷:時系列を気にしないとしても粒だったエピソードを優先的に掲載したくなるところですが、キャラクターの魅力的な話を散文的にちりばめていったことにもとても感心しました。それを勝算の無い中でやってきたということに言葉にできない熱意と迫力を強烈に感じました。

──熱意もそうですがとても頭のいい方が指揮を取られているんですね。プラネットに行かれたとのことですが、梶原さんとともに作品を支えていらっしゃる小池(和人)さんにも会われたのですか。

神谷:会いました、小池さんも熱意の凄い方です。小池さんは「10年単位で物を考えているんです。どんなものでも10年やっていれば形になってくるので、1年・2年で失敗と決めつけずにまずはやっていく。」ということをおっしゃられていました。ただ、プラネットの会長でもある小池さんがそう考えられているということが驚きでした。

──会長という立場を考えると商業的なことも考えないといけない立場ですよね。

神谷:そうなんです。いくら10年スパンで考えていると言ったところで、普通は反対する人もでてくるでしょうから。そんな中で続けてこられたのは凄いですよね。しかも、原作チームの中心人物である梶原さんはもともと秋葉原で活動されていたのを小池さんが見つけ出して、社員にして多治見市に連れてきた方なんです。

──梶原さんは地元の方じゃないんですか。

神谷:そうなんです。どうなるか分からないプロジェクトのために人を雇って、多治見市に連れてきて部署を作り、漫画を描かせて、社員として食べさせている。本当にあり得ないことです。

──誘った小池さんも凄いですけど、それに乗った梶原さんも凄いですね。普通は怖いじゃないですか。

神谷:怖いですよね、地元を離れていくわけですから。そっちのドラマも凄いですよ、素敵なものが出てくる気がしています。

──その熱意が作品にも出ているように思います。

神谷:ゆるふわなんですけどただフワフワしているかというとそうではなく、根っこに人間ドラマが横たわっているというのは、語りたいものがあってそれを語っている作品なのかなと感じています。

キャラクターの気持ちがリアルタイムものとして届くように

──神谷監督は『やくも』のドラマをどのように構成していったのですか。

神谷:15分でも普通の作品を1本観た気持ちになっていただいて、12本すべてを観たときにジワリと作品に横たわる気持ちのドラマを受け取ってもらって、それが気持ちのいい感動に繋がったら嬉しいなと思って物語を構成しています。

──物語のテンポがほんとに心地良く、しっかり描かれているドラマとともに観ていて多治見の魅力も伝わってきました。普通は情報過多になると思うんですけど、それがなくスッと入ってきました。

神谷:物語が駆け足にならずにキャラクターの気持ちがリアルタイムものとして届くようにしつつ情報を入れるというのは、一番苦労したところです。

──陶芸の知識も解って、その視点でも面白かったです。

神谷:僕も全く知らないところから入っているので、監督をしつつ「へぇー」と学びながら作っています。

──陶芸は手元の作業なので絵としては地味になってしまうと思うのですが、演出・画作りではどういったことを意識されたのでしょうか。

神谷:陶芸をやっているところを実況的にやってしまうと単に女の子が座ってぐるぐる轆轤(ろくろ)を触っているだけになってしまうので、やっているさなかの感情をどう表現するかということを意識しました。

──感情の表現とは。

神谷:轆轤を回しながらも心はそぞろとか、気持ちが揺らいでいるなど、感情表現の方法として積極的に使っていったんです。陶芸の時間でキャラクターのドラマを浮き彫りにするような描き方にすると、観ている方たちもキャラクターの感情を感じてくれるんじゃないかなと考えたんです。陶芸シーンに関しては出来る限りそういう風に作っています。

──手からも感情は出ますからね。

神谷:具体的なところでは第2話で姫乃が何を作ったらいいか分からないとなった時に轆轤をもてあそんでいるところが分かり易いですね。

──ロケハンにもいかれたとのことですが実際に陶芸を体験されたのですか。

神谷:2020年1月にロケハンをした際に原作の監修をされている虎渓窯(こけいがま)という窯元さんにスタッフたちと陶芸体験をさせていただきました。その時の体験がほぼ第1話の描写になっています。

──作中の(豊川)姫乃が初めて陶芸に触れた姿は、神谷監督の体験と合わさって描かれているんですね。

神谷:姫乃もこの感じを体験するんだろうなと初めて体験した時の気持ちを忘れないよう宝物のようにして第1話に臨みました。

──私も陶芸の楽しさをアニメを通して疑似体験できました。

神谷:それを感じていただけたのであれば素敵なことで嬉しいですね。主人公たちの生きている場所が魅力的に見えたとしたら成功かなと思っています。キャラクターのドラマと住んでいる場所が溶け込むように魅力を感じさせるようにしました。

──素晴らしい描き方だと思います。

神谷:魅力的な姫乃たちが居る場所と感じていただけると現地に行くモチベーションになると思っています。僕らはそのきっかけを作る形にできればと考えています。

素敵な感動を届けられるんじゃないかなという確信をほんのちょっといただけました

──神谷監督も小池さん梶原さんの熱に充てられて『やくも』への愛があふれていますね。これだけドラマがある作品だとキャストのみなさんの演技力も大事になってくると思いますが、みなさんのアフレコは如何でしたか。

神谷:アフレコの面で言うとありがたかったのが実写パートの効果です。実写パートはアフレコに入る前に撮影されたんです。

──キャストのみなさんも実際に現地を体験してからアニメに入ってこられたんですね。

神谷:僕は実写パートには関わっていなかったので、完成したものを観させていただいたんです。それを観て驚いたのが、こんなにちゃんと轆轤を体験してるんだということです。轆轤体験がないまま第1話のアフレコに入ると感じが分からなくて時間がかかるんじゃないかと思っていたんです。

──確かに、経験のあるなしでは演技に大きな差が出てきますね。

神谷:思った以上にスムーズに進んでいったのでみなさん素晴らしいなと思っていたんですけど、体験してるからよりリアルになったんだと感じました。キャストのみなさんにとっても実写パートの成果がそのままアフレコに繋がっていたので、面白い現象を体感することが出来ました。実写パートの撮影で彼女たちも仲良くなったみたいで、関係性も出来上がっていたんです。

──そこも含めて姫乃たちになっていたということなんですね。

神谷:非常に雰囲気のいいアフレコ現場でした。4人の空気感も出来上がっていてそれが素敵に出ていました。実写パートのロケが面白い形でアニメにフィードバックされていて、それも経験したことが無いことでした。

──アニメではキャストのみなさんが先に現地を経験出来るというのはなかなかないですから。

神谷:陶芸となると自分で行こうとしないと経験できないことですからね。轆轤以外のこともやっていたので、実写パートを見てそれを知って「なんだ、教えてくれよ」って思いました(笑)。

──アフレコというよりもプレスコに近い感じだったんですね。

神谷:それに近い不思議な空気が出ていました。

──実写パートを観られていかがでしたか。

神谷:ロケハンで行きましたが駆け足だったので堪能できていない部分も多くて、もっと体験できればなと思っていたことをみんなやっているので羨ましかったです(笑)。

──ズルいと(笑)。それもあって、アニメと実写が一つの作品になっていると感じられて素晴らしかったです。

神谷:姫乃たちがやったことを彼女たちもまんま感じているという実写パートでしたね。

──出来上がった作品をプラネットの方は観られているのでしょうか。

神谷:はい。特に小池さんは感動していただけたそうで、「号泣した。」と言っていただけました。それを伺って、これから作品を観てくださる皆さんにも素敵な感動を届けられるんじゃないかなという確信をほんのちょっといただけました。12話までいくと感情のドラマが1つ大きく完結していくものになっているので、それを観たうえで感動していただけると作った甲斐があります。

──小池さんが感動するというのも解ります。私も日常ものだと油断して見ていたらすごいドラマがあって、ビックリしました。

神谷:ありがとうございます。第8話はとんでもなくふざけた話なのでそこもたのしみしてください(笑)。

──そうなんですね(笑)。それも含めてこれから先の展開が楽しみです。

© 有限会社ルーフトップ