【コラム】「茜色に焼かれる」 理不尽な世の中を生きる”ギラギラと輝く母” 強く生きる力と希望をくれる

■夕焼け空を意味する”茜色” タイトルに惹かれる

まず、タイトルに惹かれました。夕焼け空の色を表す言葉としての茜色──単色の赤色ではなく色々な赤色が混ざり合った色、単一ではなく濃淡のある色、そんな茜色に焼かれるとはどんな意味を含んだ映画なのだろうと。

そんなふうに情緒的な茜色の風景を思い浮かべながら観始めましたが、描かれているのは、そんな理不尽なことってありますか、そんなに理不尽なことって続きますか、と疑いたくなるほど理不尽なことが次から次へとのしかかる母と息子の話。でもその理不尽なことは、ニュースで見聞きしたことがあるような事柄ばかりで、それがひと組の親子を中心に描かれている。ああ世の中は理不尽なことだらけだった、そうだったと気づかされるわけです。

■のしかかる理不尽と「まあ、がんばりましょ」 映画に深く入り込む鍵

この映画は、石井裕也監督によるオリジナル脚本です。石井監督が描く家族の映画に『ぼくたちの家族』がありますが、その映画が好きだなと思った理由のひとつが、本当は直視したくないけれど直視せざるをえないことを、きれいごととして描いていないこと。それでも最後は何らかの希望を持たせてくれたことでした。心の奥に横たわる感情を一瞬にして引き出して、引き出された感情についてずっと考えることになる。今回の『茜色に焼かれる』も家族の映画ですが、理不尽な交通事故で夫を亡くした母子の物語、子供と生きていくために強くあろうとする母親の物語です。

尾野真千子の演じる田中良子とその息子にのしかかる理不尽なことがどんなことなのかは、敢えてここでは説明しないことにします。箇条書きでこんなことが描かれるよと書くのは簡単ですが、前情報を入れずに理不尽さと向きあうほうがショッキングだと思うので。そのショッキングさとどう向きあうのか、自分のなかでどう消化するのかが、この映画の面白さでもあるので。

というのも、おそらく誰もが良子の行動を最初は受け止めきれない、理解できないと思うんですね。それって怒っていいでしょ、怒らなきゃダメでしょ、という局面においても「まあ、がんばりましょ」って、理不尽なことを受け止めちゃう女性なんです。その「まあ、がんばりましょ」というひと言は、理不尽なことに対する感情をつめて、つめて、つめ込んで出てきた言葉ではあるんですが、受け取ろうとする観客は、良子のその「まあ、がんばりましょ」につめたものをほじくり返そうとする、どういうことなのかとほじくり返そうとする、それが映画に深く入り込んでいく鍵になっているのではないかと。

■強く生きる力と希望をくれる”ギラギラと輝く母” 圧倒的な表現力で見せる尾野真千子さん

公式ホームページのコメントの最後に石井監督の言葉が綴ってあります。「とても生きづらさを感じています」という一文に始まり「〜とても幸せに思っております」という一文で締めくくられ、途中には「人が存在することの最大にして直接の根拠である「母」が、とてつもなくギラギラ輝いている姿を見たいと思いました。」とあります。

たしかに、この映画は良子という母の物語であり、でもそこで描かれる母の強さは、きっと観る人それぞれの母の強さでもあり、あるいはもっと大きな意味での母親のような存在でもあるかもしれない。母親の女の強さ、たくましさ、愛情の深さがこれでもかと描かれています。母親ってすごいな、女って強いな、とビシビシ伝わってくるのは、尾野真千子さんの圧倒的な表現力ゆえ。喜怒哀楽よりももっと複雑な感情を目の当たりにします。驚きます。

そして最初に惹かれたタイトル「茜色に焼かれる」という言葉の意味も、映画を観終わる頃には、きっとこういうことなのねと自分なりの解釈にたどり着く。石井監督の言葉を借りるならば、茜色に焼かれるほどの「母がギラギラ輝いている姿」を自分はどう受け止めるか、ということなのかなと。

映画を観ても、生きづらい世の中は生きづらいままです。理不尽なことだらけです。怒りも湧き上がります。それでもこの映画を、この映画で描かれる母の姿を、知っているのと知らないのとでは全然ちがう。「まあ、がんばりましょ」を知っていたほうが、強く生きられる、希望を持てる、そんな気がします。


新谷里映
映画ライター・コラムニスト。
地元の出版社にて情報誌やサブカルファッション誌の編集を経験後、2005年3月に独立、仕事の拠点を東京へ。現在はフリーランスの映画ライター、コラムニスト、インタビュアーとして、雑誌・ウェブ・テレビ・ラジオなど各メディアで映画を紹介するほか、日本映画の撮影現場に参加するオフィシャルライターとしても活動する。映画&恋愛、映画&旅など映画を絡めたコラム連載も多数。東京国際映画祭(2015~2020年)や映画のトークイベントの司会も担当。解説執筆を担当した書籍「海外名作映画と巡る世界の絶景」が発売中。


■作品情報
茜色に焼かれる
2021年5月21日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
配給:フィルムランド
©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

© 合同会社シングルライン