性的画像対策、東京五輪にも波及の背景 警視庁初摘発、欧州でも選手ら抗議の動き

 アスリートへの性的な意図を持った隠し撮りや画像拡散の問題は、スポーツ界だけでなく国内外に波及している。最近はスマートフォンの普及で中高生にも被害が急増し、手口も巧妙化。会員制交流サイト(SNS)上で「盗撮」した画像や動画が売買の対象になり、5月11日には警視庁がテレビ番組の画像をアダルトサイトに無断転載した疑いで自称ウェブデザイナーの男を逮捕したと発表した。性的画像対策に取り組む日本オリンピック委員会(JOC)から情報提供を受け、捜査して立件に踏み切った全国初めてのケースだった。

 女性蔑視発言で森喜朗前会長が辞任した東京五輪・パラリンピック組織委員会は3月、新設した「ジェンダー平等推進チーム」の取り組みとして、競技会場での「禁止行為」に「選手らに対する性的ハラスメント目的の疑いがある写真や映像の撮影」を新たに追加。対策に着手した背景には、選手が苦悩する深刻な実情と、いたちごっこで取り締まりが困難な危機感がある。(共同通信=田村崇仁)

体操の欧州選手権で「ボディースーツ」を着用し演技を披露するザラ・フォス=4月、スイス・バーゼル(ロイター=共同)

 ▽動画投稿NO、写真のみOK

 「盗撮」対策は五輪の運営でも動きだした。組織委は、ボランティアの研修資料に盛り込み、実効性を高めるため警察などとも連携して通報システム構築を視野に入れる。

 東京五輪のチケット購入・利用規約は、観客に会場内での写真や動画の撮影を認めている。しかし、撮影した動画をSNSなどインターネットに投稿することは禁止される。アップしても構わないのは写真のみで、非営利目的であることが条件だ。国際オリンピック委員会(IOC)は選手や観客のSNS活用を推奨するが、巨額の放送権料を支払うテレビ局の権利保護が厳格な規制の背景にある。

リオ五輪の陸上男子200メートルで優勝し、観客らと記念撮影をするジャマイカのウサイン・ボルト選手(下)=16年8月、リオデジャネイロ(ゲッティ=共同)

 今回、性的画像が禁止行為に新たに加わったことに関し、組織委の法務担当責任者は「最近社会問題化している性的ハラスメント目的の撮影を禁止行為とする必要性が認められたということに尽きる」と説明した。

 新型コロナウイルスで揺れ動く五輪パラが「無観客開催」となれば、そうしたリスクも低減するが、画像や動画はあちこちに拡散される時代。近年はSNSを通じてアスリートに卑劣な言葉を直接送ったり、加工した写真を性的な意図で流布したりなど、嫌がらせの実態が複雑化している。

 「もし五輪で国内外の選手の性的画像が出回ったら目も当てられない」とは大会関係者。アーティスティックスイミングの五輪銅メダリストで組織委の「ジェンダー平等推進チーム」をまとめる小谷実可子スポーツディレクターは「不審な点があれば写真を見せてもらい、退場してもらう。逮捕者が出たことも大きな大きな進歩」と本腰に乗り出す覚悟を示し「私も選手時代はハラスメントに不安を持って競技していたこともあった。禁止行為に明記されたことは大きな一歩」と強調した。

東京五輪・パラリンピック大会組織委の理事会後、記者会見する小谷実可子スポーツディレクター=3月、東京都中央区(代表撮影)

 ▽巧妙な手口、デジタルタトゥーの傷

 「スポーツを愚弄(ぐろう)する問題だ。陸上界では袋小路に長年入っていたが、東京五輪を前に一歩踏み出せた」。昨年秋、日本陸上競技連盟の風間明事務局長(当時)から聞いた言葉が印象深い。

 女性スポーツ選手らを長年苦しめてきた性的画像を巡る問題は昨年8月、日本陸連のアスリート委員会に選手が相談し表面化。競技中にお尻や胸など体の一部分をアップにした写真を無断で撮影される被害が多発していたという。JOCや日本スポーツ協会など7団体が11月、盗撮や写真・動画の悪用、悪質な投稿を「卑劣な行為」と非難する共同声明を発表し、相談窓口の特設サイトを開設すると半年間で約千件の情報が寄せられた。

アスリートの性的な撮影被害や画像拡散の問題で、スポーツ庁の室伏広治長官(左端)に協力を要請したJOCの山下泰裕会長(左から4人目)ら=20年11月、文科省

 規制の網を掛けても抜け道が多く、バッグに穴を開けて撮影したり、腕時計型カメラを持ち込んだり、巧妙な手口はさまざま。応援するチアリーダーにも被害の実態が判明している。マラソンなどのテレビ解説でも知られる日本パラ陸上競技連盟の増田明美会長は「(広がった情報がインターネット上に残る)『デジタルタトゥー』はすぐに消せない。競技に集中できず、引退したいという選手の悩みも聞く。日々の努力を表現するアスリートの気持ちを踏みにじる行為で、心の傷は簡単に消えない」と問題の根深さを代弁した。

 ▽ドイツ体操選手、レオタード拒否

 性的画像問題は遅くとも20年以上前からあったとされ、最近は海外でも抗議の動きが広がっている。4月にスイスで開かれた体操の欧州選手権では、女子のドイツ勢がレオタードではなく、足首までを覆う「ボディースーツ」で演技して注目を集めた。スポーツが性的に消費される画像問題に抗議する意味を込めたとしている。

 こうしたアスリートの発信が少しずつ壁を壊し、抑止力につながっていく可能性もある。東京パラリンピック代表に内定している陸上女子走り幅跳び(義足T63)の兎沢朋美(富士通)は「アスリートがそういうふうに見られるのはおかしな話。世の中、本当に十人十色だし、しょうがないというのは不適切かもしれないが、しっかり取り締まっていくことが必要だ。さらに強化されることで徐々になくなっていけばいい」と期待した。

 ▽「盗撮罪」創設が今後の焦点

 国内の「盗撮行為」は刑法で規定されておらず、都道府県ごとに迷惑防止条例で取り締まっているため、現状では抜け穴だらけで限界があるとの指摘が多い。客室乗務員への乗客による撮影行為を問題視した国内の航空業界は昨年9月、法務相宛に「盗撮罪」創設の要請書を提出した。

 スポーツ界からも被害撲滅へ法整備が不可欠として「盗撮罪」創設を求める声も以前から上がっている。

 球場やスタジアムで専門の警備員を配置しても、不審者を見つけるのは容易ではない。家族やファンによる撮影もあり、線引きは困難。法務省が設置した性犯罪に関する刑事法検討会の委員で「盗撮罪」の必要性を訴える上谷さくら弁護士は「中身に関する意見はいろいろだが、何らかの法律は必要という方向性になっている」と説明する。

オンラインでインタビューに応じる上谷さくら弁護士

 専門家によると、日本の性犯罪で多いのは圧倒的に痴漢や盗撮とされ、手口が粗暴でない盗撮は日本特有との指摘も一部である。ただしSNSで中傷被害を受けると、ネット上の投稿全てに対して選手が煩雑な削除要請の手続きを行うのは時間と労力、コスト面でも至難の業で限界がある。

 JOCなどが被害撲滅に取り組む共同声明を発表した意義に関して、上谷氏は「ものすごく大きい。こういう問題はアスリート個人や被害者個人に負担を掛けてはいけない」と歓迎した。

 性的画像問題を巡って選手側の告訴を経ずに警視庁が逮捕までこぎ着けた今回のケースは、五輪パラ開幕を目前にした取り締まり強化へ強い姿勢を示した第一歩ともいえる。法務省の性犯罪に関する刑事法を見直す検討会では「盗撮罪」の創設が議論の一つ。こうした動きが今後の焦点になりそうだ。

陸上競技の大会で力走する女子選手たち=20年9月

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 性的画像問題 アスリートが競技会場で性的な意図で写真を撮影されたり、その画像がみだらな文章とともにインターネットで拡散されたりする被害。海外では韓国、フランスなどで性的目的での無断撮影、拡散行為は犯罪となっている。16年に海外で行われた国際大会では、日本の女子選手の下半身を狙って撮影していた男性が、現地の法律に基づき逮捕、立件された例がある。日本オリンピック委員会(JOC)によると、対策の一環として設置された情報提供窓口には約千件の情報が寄せられている。

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