【中原中也 詩の栞】 No.26「三歳の記憶」(詩集『在りし日の歌』より)

椽側に陽があたつてて、
樹脂が五彩に眠る時、
柿の木いつぽんある中庭は、
土は枇杷いろ 蠅が唸く。   

稚厠の上に 抱えられてた、
すると尻から 蛔虫が下がつた。
その蛔虫が、稚厠の浅瀬で動くので
動くので、私は吃驚しちまつた。  

あゝあ、ほんとに怖かつた
なんだか不思議に怖かつた、
それでわたしはひとしきり
ひと泣き泣いて やつたんだ。  

あゝ、怖かつた怖かつた
――部屋の中は ひつそりしてゐて、
隣家は空に 舞ひ去つてゐた!
隣家は空に 舞ひ去つてゐた!

   

【ひとことコラム】 得体の知れないものに出会った時、子どもは全身全霊で怖がります。一方で、大人が思うほど無邪気でもなく、〈ひと泣き泣いて〉やるというような醒めた意識ももっているのです。そうした感覚に寄り添いながら、詩人は子どもの眼に映るままの世界を描こうとしています。 

(中原中也記念館館長 中原 豊)

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